方違神社を出て玉垣に沿って南へ歩いて行くと反正天皇陵に行き着きました。みんなが参拝している間に姫が次の目標物「兵田堺クリニック」を探すのですが見当たりません。「兵田堺クリニックがありませ~ん!」とリーダーに伝達する大きな声を聞いた近所のおばさんが「ああ、そのクリニックなら移転して今はありませんよ。もとあった場所はあちらです」と親切に指差して教えてくれました。竹ノ内街道の碑を見ながら歩いていると歩道橋が見えてきました。歩道橋の上から古墳の濠が見えました。これが日本最大の前方後円墳「仁徳天皇陵」なのです。全体を見渡すことができないほどの巨大。ウオーキング時代何度も訪れていますがこんなにマジマジと見物したのは初めてかも知れません。この付近は公園の遊歩道のようによく整備された道で、途中には「銅山古墳」がありました。古墳というよりも一里塚のように思いました。万葉歌碑の先で、ようやく広い道に出ました。これが御稜道で、「歴史街道
熊野へつづくみち」の標識がたっていました。「仁徳天皇陵」正面には係員がいて「堺観光ガイドマップ」をそれぞれに頂きました。 |