熊野古道・伊勢路 みんなの感想 2018.01.23
熊野古道・伊勢路   伊勢神宮内宮~新宮・熊野速玉大社
伊勢路の感想
 

「スマホスタンプを楽しみましょう」と言うキャッチフレーズにもかかわらず施設の中(道の駅)に設置している所は開館前・閉館後に到着する場合も多々あります。出来れば施設外に設置して貰えるとありがたい。スタンプの場所を聞いてもハテナの顔をする店員も多く、徹底されてない様子がうかがえます。店内に置くメリットがあるのか疑問に思いました。道の駅パーク七里ガ浜では私達以外の登山者が外で開店を待っていました。32個中のスタンプがひとつでもゲット出来なければ旅の楽しさが半減してしまいます。私達は根性で32個ゲット致しましたが検討をお願いしたい。
32個ゲットすれば「熊野古道伊勢路170km踏破」バッジがもらえるそうなのですが、これをもらうには大阪から一日がかりで尾鷲市の熊野古道センターまで行かなければ貰えません。スマホを確認していただかなければならないので郵送というわけにはいかないでしょうが、せめて熊野古道・伊勢路の両端に存在する宇治浦田観光案内所と新宮市観光協会で受け取るようにしていただければ良いのではないでしょうか。紀伊山地の霊場と参詣道の組織内で協力を仰ぐことは出来ないものなのでしょうか。大阪からでも往復6000円もかかります。その他遠くの参詣者のこともお考えいただきたいと思う次第です。

道中にある名所旧跡の説明版ですが文字が剥げたり退色したりしていて読みづらいものも数多くあります。再設置には予算も手間も掛かることですので、間に合わせとして案内文をQRコードで読み取れるようにしていただければ良いのです。筋向橋、麻吉旅館などには英文のQRコードが添付されていました。ご一考ください。
 
 
熊野古道・伊勢路 スマホQRスタンプ 32ヶ所収得しました 
 ▲2018.05.26 ▲2018.05.26  ▲2018.05.26   ▲2018.10.03  ▲2018.10.03 ▲2018.10.03  ▲2018.10.04  ▲2018.10.04  
 ▲2018.10.05  ▲201810.05  ▲201810.05  ▲2018.11.017 ▲2018.11.016  ▲2018.11.016   ▲2018.11.017 ▲2018.11.017 
▲2018.11.017  ▲2018.12.09 ▲2018.12.09 ▲2018.12.10 ▲2018.12.10 ▲2018.12.11 ▲2018.12.11 ▲2019.01.21
 
 ▲2019.01.22 ▲2019.01.22 ▲2019.01.22 ▲2019.01.22 ▲2019.01.23 ▲2019.01.23 ▲2019.01.23  ▲2019.01.23
 
  ▼January 29, 2019 10:26 AM

 久田様
 いつもお世話になっております。
 熊野古道伊勢路踏破 おめでとうございます。
 ホームページも見させていただきました。
 スタンプもコンプリートですねーー。
 皆様の感想文も楽しく読ませていただきました。他の方の感想文も楽しみにしています。
 今後ともよろしくお願いします。
 
 三重県東紀州振興課 山口

   ▼December 26, 2018 7:35 PM

 久田様
 大変ご連絡が遅くなり、申し訳ございません。
 ブログ拝見させていただきました。すごいですね。
 伊勢路の道中記だけでなくスタンプラリーも載せていただきありがとうございます。また、天気もよさげで歩くには絶好だったのでは。
 自分も八鬼山越より、曽根次郎坂・太郎阪峠がきつかった思い出があります。
 スタンプラリーのスタンプも順調そうでなによりです。
 お問い合わせいただきました、スタンプラリーの日付ですが、QRコードを読み込んだ日付となります。また、再度読み込む(リロードする)と、
 日付が上書きされる仕様となっており、実際の取得日と差異が出てきている可能性があります。
 旅の思い出の日付と一致しなく、申し訳ございません。
 あくまで、目安と考えていただければ幸いです。
 いろいろと、ご迷惑をおかけしますが、これからも熊野古道伊勢路をよろしくお願いします。

 三重県東紀州振興課 山口 

  ▼November 21, 2018 8:42 AM

 久田様
 お世話になっております。
 ご連絡ありがとうございます。
 こちらこそ本当にご連絡いただきありがとうございました。
 また、何かありましたら、ご連絡ください。
 個人的には12月くらいが伊勢路を歩くにはベストシーズンだと
 思っています。伊勢路は温暖なところですので・・・
 お気をつけて伊勢路をお楽しみください。
 これからのブログも楽しみにしております。
 よろしくお願いします。

 三重県東紀州振興課 山口

 

2017年1月に大阪天満から歩き始めて2年間をかけて紀伊路、中辺路、大辺路、伊勢路と歩き終えました。自分でも「快挙」だと思っております。これほどに資料に基づき忠実に歩いたグループも、そう多くは無いと自負しております。

伊勢路コースで全体を通じて「辛かったコース」はどれだったのかと振り返ってみても、終わってみれば辛かったコースがあったとしても、全て心に残る楽しかったコースに変わっているから不思議です。それが伊勢路コースの魅力だったりします。

10月4日の「栃原から三瀬谷コース」では大雨のため橋が流されており、みんなで橋の架け替え作業をしました。力仕事をする者、ゴミを取り除く者、動画を撮り続ける者とそれぞれの役目を果たして記録に残しました。普通の人なら諦めて迂回すると思うのですが私達は結構楽しみながら成し遂げました。
またこのコース、三瀬谷~伊勢柏崎間でヒルにやられ、伊勢柏崎の駅で自ら治療、一週間ほど痒みが止まりませんでした。

11月16日「ツヅラト峠から一石峠間」では珍しい生卵の自販機に、はしゃぎ、ゴールも近いことから、宿へのみやげだと購入しました。まさか一石峠で藪漕ぎをするとは思わなかったもので。生卵を割らないように大切に抱え藪漕ぎした姿は滑稽で今でも思い出し笑いをしてしまいます。アクシデントがあったコースは特に思い出深いです。

12月10日「八鬼山コース」では、世界遺産登録時、行政と地元の人達の間で葛藤があった事を、その地を歩いて初めて知りました。地元の人達の犠牲の上に成り立っていることを知り登山者として「大切な大地を歩かせて頂いている」と言う感謝の気持ちとマナーを守ることの大切さを身に染みて感じ取りました。八鬼山には大木に白いペンキで落書き(主張)がしてあり何とかならないものかと心傷む箇所もありました。

伊勢路コースは海辺の景色と石畳の美しさが特徴です。そしていまも残る猪垣の苔むした美しさ、熊野本宮に辿り着くことなく疲労困憊で行き倒れとなった旅人たちを祀るお地蔵様を、哀れに思い今も地元の人達が花を手向けておられます。これこそが「祈りの道」だと思っています。
歩き終えたいま心からそう思っています。

すべてのコースを加算して見れば70シリーズにもなりました。地図上の不備を逐一観光協会に連絡をして後続の人達のためにとお節介もやきました。多くの人達に熊野古道を知って欲しい、歩いて欲しいと言う思いで、資料の整理と写真の整理をして山行記録をアップしました。「歩いてみたいなぁ」と言うコースがあればぜひ歩いてみて下さい。
多くの人達に熊野古道の素晴らしさを知って貰いたいと思っています。仲間達との楽しい旅笠道中も心に残ります。笠にはすべてのコースを刻み私の宝物となりました。
 
 【出そろった熊野古道・伊勢路の感想文】 姫の追加記事

日帰り1回、2泊3日の旅4回かけて170kmを踏破した「熊野古道・伊勢路」
最後の仕上げは何と言っても「みんながどう思っていたか」が知りたい。
その都度の感想文については私とジョンで担当してきましたが、やっぱり最後は皆の声が聴きたいし、お披露目もしたい。

昔、歩けの団体で「あるけあるけ新聞」を担当したことがありました。新年号に「スタッフの一言」を載せたくて原稿を依頼したことがあります。
「そんなん書かされるんやったらスタッフやめるっ!」と煮ても焼いても食えない女性スタッフがいて編集長が切れて廃版となりました。

日頃「書く」と言うことが日常化されていない現代では、スマホやラインで簡単に意思表示が出来る世の中になりました。
本を読んで文章の書き方を真似しなくても簡単な言葉で意思が通じるのです。
そんな中で伊勢路を踏破した5人衆はそれぞれの場面で思い出が違います。辛さも感動の場面の表現も5人5様なのです。
伊勢路170km踏破の思い出を綴り完成しました。道中で取得したスマホスタンプ32個も並べました。
三重県東紀州振興課の皆様は私達の要望には素早く対応をして下さいました。
その様子も掲載しました。心地よく歩けたのも地元の皆様と関係者の対応が良かったからだと思っています。

私達5人は「自称・伊勢路大使」のつもりで今後、伊勢路の良さを伝えて行きたいと思っています。
棚田の美しい6月に「おまけコース」として再び訪れる予定です。

 

みなさん長い間の熊野古道歩きご苦労様でした。2年前なら私も一緒に歩けたのですが今では「見送り、出迎え」ぐらいしかできません。しかし皆さんから同時送信して貰ったスマホ写真で「ああ今ここを歩いているのか、おっ、この峠はきつそうやな」等、楽しませてもらいました。ありがとうございました。皆さんの健脚ぶりに拍手を送ります。 
 
 

熊野古道・伊勢路の旅は心に残るものが数多くありました。伊勢神宮内宮と熊野速玉大社を結ぶ歴史の道を どうしてもう少し早く訪れなかったのかと悔やまれます。
熊野古道イコール中辺路の滝尻から本宮大社のように思われています。私もそんな感じでした。街道も木曽路や近江中山道など部分的に歩いたことはありました。
しかし登山を主としていた頃は「街道歩きなんて」と思っていました。「危険でなけりゃ山じゃ無い、高くなければ山じゃ無い」とロープを肩に南・北・中央のアルプスを跳梁した時期もありました。雪山や沢登りにも多くの時間をさきました。

2011年頃に小辺路と大峰山奥駈道を縦走し、高野参詣道にも行ったことはありましたが、熊野古道にはさして興味を持ちませんでした。

2017の正月、何を思ったのか、大阪天満を出発して熊野古道・紀伊路歩きを思いついたのです。
2017年に中辺路、2018に大辺路、2018、5月に伊勢神宮参拝し田丸まで歩き、10月伊勢路を本格的に歩くため田丸をスタートしました。この頃からQRスタンプの虜になり、古道歩きが楽しくなってきたのです。

栃原~三瀬谷で大雨に遭い、三瀬谷~伊勢柏崎も雨でした。しかし登山と違って街道歩きの雨もまた楽しいです。良いところは次から次へと目標が現れてくることでした。神社、仏閣、祠、地蔵、庚申塚、道分道標、古民家、花、樹木など数え上げればキリがありません。それらを辿っている間に、その日のゴールへと進んでいるのです。古の旅人の凄さも肌で感じるようになってきました。昔の旅人は粗末な装備でよく歩いておられたものです。行き倒れの人が多かったのも頷けます。

雨の日、私たちはゴアテックスのレインギアにスパッツ、帽子、手袋さえ雨用、ザックにもレインカバーをかけ完全防備です。そのうえサプリメントを服用し怖いもの無しです。昔の雨の日は蓑に菅笠、手っ甲・脚絆に足元はせいぜい足袋に草鞋掛け、そんな出で立ちで、1日8里およそ32km以上歩いていたようですから凄いの一言に尽きます。
しかし現在最高の運動着ワコールCWXのスパッツの中にヒルが入っていたという女性談には驚きました。「パンスト2枚重ねではいて田植えをしていてもヒルに噛まれる」と米農家さんに聞いたことがありましたが、スパッツの中にヒルが入っていたとは、どうやって入ったのでしょう。実地検証の必要ありでしょうか。

昔と今の旅装束の大きな違いは靴でしょうねえ。靴と草鞋では雲泥の差です。ただ靴も苔むした石畳の峠道を歩くとき滑りはしないかとそれぞれが心配していました。そんな悪条件の山道を歩くには、草鞋は最高です。濡れた石やコケにフィットして歩き易いものなのです。沢登りで地下足袋に草鞋掛けで水の中を歩いた経験からそう感じました。

女鬼峠、猿木坂、ツヅラト峠、荷坂峠、始神峠、馬越峠、八鬼山越え、曽根次郎太郎坂、逢神坂峠、波田須の道などの呼び名に魅力を感じることができました。それぞれに曰くは有るようなのですが、ごちゃごちゃ言わずに素直に心の片隅に仕舞い込みました。何かの折に思い出して感慨に耽ってみたいと思います。

伊勢路の山影に有る集落や峠道の端に佇む家屋など、朽ちているものも多く見受けられました。道沿いでわずかに話した長老の一言は「此処には若いもんは居らん、ワシ等が死んだら村も消える」絞り出すような声に、切ない思いがしました。また80歳を、とおに過ぎたと見受けられる老婦人が軽トラを運転、会釈して擦れ違う様にも一抹の寂しさを感じたものです。若い人がいないと言うか、そもそも人が少ないのです。小さな集落には店も無く、私達の食料を調達するのもままならない状態でした。

児童に出会うことはほとんど無かったです。都市部では教育の現場や家庭教育においても 「知らない人に挨拶をしてはいけない」と教えているようですが、三日目紀伊市木の宿を出て緑橋に差し掛かる頃、登校中の一人の男子児童と擦れ違いました「おはようございます」彼の方から積極的に挨拶してくれました。私達も「おはようございます。頑張ってね」異口同音に挨拶を返しましたが、メンバー全員顔を見合わせて「あの子の方から挨拶してくれたよね」言葉を交わすとともに晴れやかな気持ちになりました。景色もさることながら人との触れ合いは嬉しいものです。

伊勢路の苔むした石畳はすてきでした。いずれの峠も天気が良く、木立の中や石垣に当たる陽射しが邪魔にも感じましたが、小雨の日に再度訪れてみようと目論んでいます。写真の撮影のみを目的としてゆっくりと歩いてみます。

このホームページを忘備録として残すことができたのも、インターネット社会であること、カメラがデジタル化していることなどが大きくアシストしてくれています。伊勢路の撮影枚数は露光変更、アングル変更など入れますと4000枚にも及びます。これがフィルム処理だと大変な金額になりますし、修整などの画像処理を入れると膨大な金額になるところでした。またフィルムはデジタルほど簡単に修整は出来ません。ホームページに使用しているカットでも1000枚は超えています。

ホームページを制作することによって旅の復習となり、また記憶に留めるのにも有効です。「こんなページを作って誰が読むねん」など心無い言葉を浴びせかける人にも出会いましたが、嫌な人に読んでいただかなくてもよいのです。「姫のおうちフアンの皆様」「応援してくださる皆様」に読んでいただけるのと、自分たちが更に年老いた時、少しでも多くの事が蘇ればと思いながら制作しています。

「伊勢路を知らずして熊野古道を語るなかれ」 どうすれば一人でも多くの人に歩いてもらえるでしょうか。ゆっくりと考えてみたいと思います。
 
 

熊野古道歩きは、平成17年1月から始まり 紀伊路、中辺路、大辺路完歩に続き、昨年5月から伊勢路を歩きました。

伊勢路は伊勢神宮から西に向かって歩き、紀伊長島までは内陸部を進み、紀伊長島からは海岸近くを歩く、全長170㎞の参詣道。
日帰り1回、2泊3日4回のとても楽しい13日間でした。

熊野古道は美しい石畳が延々と続く先に、石仏に出会い、猪や鹿が田畑へ侵入するのを防ぐ為に作られた猪垣を通り、史跡をめくりながらいくつもの峠越えの絶景。また足元の草花に、感動の繰り返しがゴール迄延々と続く道です。

10月のコース2日目雨 台風の影響か山道は大荒れ 橋が流されており、皆で協力して 辛うじて渡れたけれど…良く頑張ったよね。

3日目雨 ヒルに好かれちゃって女性達は大変な事に!!

12月のコースでは、伊勢路一番の難所、八鬼山越え、キツかったぶん達成感が一杯。
下山時、檜の大木に書かれた、世界遺産反対の文字 悲しいね!! 他に方法はないのかな?

「お店は熊野市か尾鷲市に行かなければありません。ご飯をたくさん炊いておきますので皆さんでおにぎりを作ってお持ちください。梅干しとお漬物も用意しておきます」
そう言っていただけたこと。朝食に出ためざしを添えて携行したお弁当。このおにぎりが無かったら食料遭難するところでした。三木里の宿・嬉志乃の女将さんの気のきいたはからいに感謝です。

伊勢路で始まったスマホスタンプラリー 初めはやり方が良く判らず 四苦八苦だったけれど 毎回楽しみが増え32個全てゲット出来た事。
まだ書ききれない 沢山の楽しい思い出一杯の熊野古道・伊勢路を同行メンバーと共に元気でゴール出来たことに感謝です。

 

熊野古道・伊勢路

1、心に残ったコース
12月9日大阪を早朝に発ったものの相賀からは昼からの歩きとなった馬越峠(325m)。12月10日海沿いの火力発電所、石油会社、八鬼山峠越え(647m)の一日歩き。熊野古道センターにも立ち寄りました。
12月11日短い峠道が多かったヨコネ道、三木峠(120m)、羽後峠(140m)、曽根次郎太郎坂(305m) この3日間は古道らしき美しい石畳路を歩く。行き倒れ供養碑がたくさんあり、往時の過酷さを乗り越えた信仰心を感じ取ることができた。

2、辛かったコース
全コースを考えても辛かったとは思は無かったが、驚いたのは、伊勢柏崎の惨劇「ヒル」事件、今まで長い間山に行っていても、ヒルに噛まれたことは無かったが、宿で靴を脱ぐと靴下が真っ赤、翌日は小指を噛まれて血をポタポタ落としながら歩き、家に帰ってからは脱いだズボンのお尻の部分に血がべっとり。濡れたものを入れて帰ったビニール袋に1匹、汚れ物を浸けた浴槽に1匹、あーーー驚いた。

3、2017年1月7日 正月明けの住吉大社に始まり熊野本宮大社、熊野那智那智大社、2019年1月23日の熊野速玉大社、2年に渡る様々な熊野古道のコースを歩いた。湯浅町広川の白魚漁、中辺路で会った多くの外国人、やっておいてよかったなあ~大門坂の貸平安衣装で石畳や杉木立の中を歩いたこと。馴染みのなかった阪和線、紀勢本線、近鉄電車五十鈴川行、長ーい電車の旅もあった。季節の移ろいを感じながら歩き、歴史を今までの点で見ていたのが線になった。沢山の資料を用意してもらった同行のメンバーに感謝。チョイおまけは最終回の2019年1月21日、JR宝塚線が踏切事故のため遅れが発生、待ち合わせの大阪上本町駅発7時11分の電車に遅れそうでハラハラドキドキ、どうにか後発の特急列車に乗ることができ、名張駅で無事合流できたのも思い出の一つになった。

   

熊野古道伊勢路 踏破感想文
 2年前の新年から、熊野古道歩きを始めた。男2人女3人の約70代の連中5名パーティなり。平安時代の貴族が京から船で淀川を下り、天満に上陸。1泊してから、いよいよ熊野本宮大社へ向けての旅が始まる。
 これが、【紀伊路】のスタートである。紀州へ入るまでは、殆ど舗装路の街なか歩きとなり辛いものであるが、“平安時代の貴族よろしく”我々は、ここから初めて【中辺路】【大雲取越】【小雲取越】【船で熊野川を下る川の参詣道で熊野速玉大社詣り】【大辺路】とすすめ、最後に【伊勢路】に取り組んだ。
10月から11月・12月・1月と4度にわたり2泊3日の旅となった。

 小職は、【大辺路】には都合で行けなかったが、熊野古道といえば誰もが【中辺路】を代表としてあげる。しかし殆どを歩いてみて解ったのは険しい峠越えをして山中から見渡す海と浮かぶ島々を眺める爽快感は、海沿いの古道ならではであった。

 【伊勢路】を歩いてみて印象に残った場面を、2,3 書き留めておこう。

 苦労した道:それは、スタート2日目に現れた。朝から雨、雨具装着しての歩きである栃原を過ぎて、小川を渡渉するのに“鉄製のエキスパンドメタルの簡易橋”が流木と水流に押し流され、あらぬ方向に流されている。見渡しても渡渉するにはこの橋を対岸の浅瀬にかけるしか方策無。女性陣は、橋の上に堆積した流木ゴミ取り除き作業にかかる。その間に、シュリンゲ+カラビナを取り出し橋の先端に括り付け向こう岸に掛ける努力をする。
何度かするうちに少し先端が向う岸に乗り上げ何とか全員が渡渉することができた。土砂降りの中の作業であった。後で考えれば、この時に“ヒルを数匹”衣服につけて持ち帰ったようだ。

 古道一の山道:熊野古道の写真をみると、苔むした石畳みが良く出てくるがその成り立ちを学んで”ナルホド“と納得がいった。日本一雨の多い【尾鷲地区】では、山道では雨水は簡単に石段を流し、川としてしまう。その対策は石畳みを敷き詰めて、水の流れを石の上に逃がすことである。かくして、この地方ではものすごい労力であるが素晴らしい石段が敷き詰められ、特に北斜面では『美しく苔むしている』これは、下り斜面では良く滑り山屋の歩行技術の見せ所となるのである。 峠という峠は全て石畳みなのであるがそのなかでも【馬越峠】【松本峠】が美しかった。地元のハイカーたちにも人気らしい。

 民宿や旅館:釣り宿などを兼ねての古道客用の宿が多く、海沿いであるから当然魚は旨い。刺身もいいが、ときどきドキッとするような“煮魚”などあり、宿賃も7000.-から8000.-くらいとリーズナブルであった。また次に歩く日の街道には、店はおろかコンビニもなく朝食後、宿のおかみに頼んで、自分でおにぎりを作って具は梅干しか塩昆布位であるがレーションを用意できたのは経費面でも素晴らしく街道歩きの一つの定番としてメニューに加えたい。

 文:美智子00