2016
●第8日目 9月23日(金)  函館ベイエリア 金森赤レンガ倉庫群  ららぽーと函館旅館泊
 出発して8日目で初めての雨の朝を迎えました。予定していた大沼駒ケ岳の登山は中止することにしました。大沼駒ケ岳(1,131 m)は、活火山(成層火山)で、晴天であっても馬の背までしか行けず山頂を踏むことのできない山なのです。蝦夷駒ヶ岳、渡島駒ヶ岳(おしまこまがたけ)とも渡島富士(おしまふじ)呼ばれ郷土富士となっています。「北海道」を冠するのは全国に多数存在する同名の山と区別するためであり、地元・北海道では単に駒ヶ岳と呼ばれ親しまれています。前日に見学しておいて良かったです。大沼から函館の移動距離は短いため午前8時20分のゆっくり目の出発となりました。
▼ 五稜郭タワー
 函館の街に入り、車を駐車場に停め観光タクシーの利用も考えましたが、まずは五稜郭に行って星形の美しい地形を眺めることにしました。五稜郭は、江戸時代末期に江戸幕府により建造された稜堡式の城郭。元は湿地でネコヤナギが多く生えていた土地であることから、柳野城(やなぎのじょう)の別名を持つ。五稜郭は箱館開港時に函館山の麓に置かれた箱館奉行所の移転先として築造されました。しかし1866年の完成からわずか2年後に幕府が崩壊、短期間箱館府が使用した後、箱館戦争で旧幕府軍に占領され、その本拠となりました。1914年から五稜郭公園として一般開放され、以来、函館市民の憩いの場とともに函館を代表する観光地となっています。
▼ 函館 朝市 
「タクシーを利用せずにこのまま自分達の車で廻ろう」と言うことになり次なる函館名物の朝市へ。カニ丼を食べ、買い物を楽しみ、ナビを外人墓地にセットしました。
▼ 外人墓地界隈 
 海の見える小高い丘に眠る人々は遥か海の彼方の母国を懐かしんでいる様に見えました。外人墓地と言えどもキリスト教の信者であれば日本人も多く眠っているのだそうです。
▼ 旧外国人居留地
次は旧ロシア領事館前を通り、赤れんが倉庫群の散策です。雨上がりでレンガがとても美しく昭和の時代を感じることができました。 
旧函館区公会堂 旧ロシア領事館
▼  函館赤レンガ倉庫群
▼ トラピスト修道院
昼食を済ませ午後からはトラピスト修道院にナビをセットしました(本当はトラピスチヌ修道院に行きたかったのですが入力ミス・・・)、トラピスト修道院は函館から列車で約40分日本最初のカトリック男子修道院です。修道院では開墾・農耕・牧畜が盛んに行われ、ここでつくられるトラピストバターやクッキー、バター飴、ジャムは、北海道を代表する観光みやげ品として知られています。秋には美しい紅葉が見られます。修道院へと続く道路脇では高く伸びたポプラが黄色に色づくほか、敷地裏側の壁面、または裏手の山麓で聖母マリア像を祀るルルドに伸びるツタが赤く染まる光景は、幻想的です。見学するには事前の申請が必要です。
▼ トラピスチヌ修道院
 次は本命のトラピスチヌ修道院への移動です。トラピスチヌ修道院は、北海道函館市郊外にある女子修道院「天使の聖母トラピスチヌ修道院」の通称です。通称天使園とも呼ばれています。(日本最初の観想女子修道院)また男子禁制である。お土産物として売られているマダレナ(ケーキ)やクッキーが有名。トラピスチヌ修道院は1898年にフランスから派遣された8名の修道女によって創立されました。三木露風がここを訪ねて「野薔薇」を書き、山田耕筰作曲の日本歌曲として親しまれています。「ここからは静粛に」と書いてある看板付近で例外も無く外国人のツアー客が大声で自撮り撮影をしたり騒いでいる光景がたまらなく腹立たしく「静かにしなさいっ!」と、かなり強い口調でガイド役の人に言いました。すると口に手をあて「シーッ!」とツアー客に促していたのが滑稽でした。
▼ ホテル ららぽーと
午後4時30分津軽海峡フェリー乗り場近くにあるホテル「ららぽーと」に到着しました。
あわただしかった1日に幕を下ろしました。「宿の満足度 風呂2、部屋2、料理2」 
文:美智子姫