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●第2日目 (5月1日・日曜日)
 
 柏木道テント場〜天竺平〜伯母谷の覗〜阿弥陀ノ森女人結界門〜大普賢岳〜国見山〜七曜岳〜行者還小屋
深夜、テントを揺るがす風と雨の音に目を覚まします。二日目にして「雨にやられたね」「大丈夫大峰は雨が良く似合うよ」そんな会話をしながら再び眠りにつくが、林の中を駆け抜ける風の音とバタつくテントの音に睡眠を妨げられ、ずーっと うとうととしている状態。予定通り4時に起きると風は依然吹いているが雨は止んでいる様子。「この風はテントを乾かしてくれるから丁度いい具合だ」「暑くなくて済むね」話をしながら寝袋を片付けます。
出発前より、この日は雨の予報が出ていたため慌てることもなく、淡々と朝食の用意をしていきます。
今朝のメニューはパンとウインナーとミルクティーです。
今回の山行は贅沢はご法度。沢山持つと重いこともあるが、食料難、水不足、避難生活など余儀なくされている東北の人達のことを考えて、必要最小限にとどめました。
朝食を終え、パッキングを済ませテントを片付けると準備完了です。今日は再び大峰奥駈道まで登り返さなければなりません。がんばろう。
「ゆっくり行こう。濃霧が出ているし、風もきつい、大普賢の登りには残雪があるだろうから、午前中は疲れないように確実に刻んでいこう。」「了解」と答えてショートステップを刻んでいく。傾斜がきついので時々歩調をローリングステップに切り替えていく。「OK いい感じだ」
「どんなにあせっても俺たちの足では本宮まで一週間はかかる。上手に体を使って行こう。」
昨日あわててタクシーを降りたため水の携行量が少なかった。500mlのペットボトル2本で伯母谷覗の辺りにある水場までもたせなければなりません。
▲天竺平 ▲柏木道
▲30分も経たないうちに天竺平に到着。地図で確認すると昭文社発行の山と高原地図・大峰山脈では天笠平となっています。
 ▲長い尾根歩きの途中、木々の間から台高の峰々が目に入ってきます
薄日が差し合羽を脱ぐと飲む水の量も増えてきます。一本が空になり、もう一本も残り少なくなった頃、谷の上部から水の音が聞こえてきます。
水場が近くにある。探しながら足元に目を落とすと雪解け水が流れていました。「有った。もう大丈夫や」「この音以外にも聞こえるよ」
「見つけた。岩場のずーっと上のほうに滝みたいに流れてるよ」「了解。とりあえず其処で一本だけ汲んで上に行こう。そこで休憩や」
▲伯母谷の覗で、濃霧で煙ってはいたものの、それでも底深くて怖かった
岩場を駆け上り歯磨き、洗顔、ついでにヘルメットに水を汲み思う存分飲みました。谷川の水は美味しかった!です。
水を見つけた嬉しさに岩場を駆け上がってしまいましたので、ここでルートを外していたのです。
テープの位置がおかしい、案内板がどうしてこっちを向いているんや、一瞬ウロッとしましたが下から上がってくる本道を見つけまずは一安心。
今晩宿泊を予定している行者還小屋に行き着かない場合を考えて余分に4gの水を背負うことにしました。水さえあればどこでもテント泊できる。重いけど我慢していこう。
水場を出発して間もなく伯母谷覗。伯母谷覗は強風と霧が舞い恐ろしく感じましたが「怖いもん見たさ」で、これが大峯名物かと、しっかりと覗かせていただきました。
ジョンいわく「山上ケ岳の西ノ覗は4度覗いたことがあるけど、それより迫力を感じるね」
伯母谷の覗きを過ぎると残雪が多く現れてきます。その中にルートを見出し一歩また一歩。登山者が少ないせいかトレースが無く、気がついたときは1680ピークに登りつめていました。ここでルートを発見。それを辿れば阿弥陀ケ森女人結界門に到着です。 
▲阿弥陀ケ森 女人結界門  
▲大普賢岳を目指して南下します ▲経箱石への分岐
阿弥陀ケ森女人結界門は濃霧の中です。より神秘的に感じます。ここで東京の若者に出会い一言二言会話を交わしましたが先を急いでおられるようで疾風のように去っていかれました。あの体力の半分で良いからほしいなあ。脇宿跡を通過して明王岳を巻いているとき、JONがいいます。
「この右手にノウナシ谷があるんや、神童子谷の支流になるんやけど行く価値はあるぞ」そんな言葉を発します。沢登に連れて行ってくれるんかいな。
小普賢岳の西側にさし掛かる頃から、残雪がだんだん増えてきます。
「アイゼン着けんでいいかなあ」 「大丈夫。キックステップで刻んでいけば滑ることは無い。踏み抜かないようにきをつけて」「了解」
雪の中の石楠花に足をとられ、残雪の薄いところでは踏み抜いて股下まで突っ込んでみたり、ルートを外してしまったりと散々でしたが全ての山行技術が楽しめたようでとても良かったです。
▲岩場を登ったり降りたり ▲和佐又への分岐です ▲大普賢岳への山頂ルートと横駈道の分岐
▲大普賢岳
 頂上は立っていられないほどの強風です。大普賢岳の頂上に出たら、飛ばされそうなほどの強風。東の風が猛威を振るっています。どうにか登りきって写真撮影をし、ほうほうのていで国見岳をめざしました。
 ▲大峯山寺  ▲大普賢岳からの下り
▲天気が良ければ大普賢岳から磁北320°の方向に大峯山寺が見える。
女性が大峯山寺を遥拝し本堂を目にできるのはおそらく此処以外には無いと思います。JON   写真は2018.05.01撮影のものです。
▲水太の覗 
 ▲薩摩転げの鎖場を通過します。薩摩の修験者が転げ落ちたのでこの名がついたとか。
稚児泊はテントサイトに最適な場所ですが何分風が強くテントを張れる状態ではありません。ここで昨日五番関でお別れした名張の医師と再会です。お互いに健闘を称え合いながら行者還小屋を目指すことにしました。 ここから七つ池を過ぎ数箇所の鎖場を攀じ登ると七曜岳です。
▲七曜岳に到着…つかれたぁ〜 ▲もうあかん…今日は日曜…七曜やって
▲ここは無双同から和佐又への分岐です
▲遭難碑
 ▲行者還り避難小屋 ▲美馬市の青年と ▲みっちゃん早寝か
今夜の宿泊に予定していた行者還小屋の到着は 午後5時45分を過ぎていました。小屋に着くと既に1階部分は人で埋まり、各々が食事の準備をしたり、寝袋に入ったりとくつろいでいました。「2名入れますか?」と聞くと、2階にスペースがあるらしく、またこのハシゴが垂直に架かっておりシュリンゲとカラビナを出して、悪戦苦闘をしていたら、先に到着していた徳島県美馬市の青年が見るに見かねたらしく、リュックを引っ張り上げてくれました。水は伯母谷から汲んできましたので大丈夫。
12時間歩き続たものの、まだ体力的には余裕もあり同室の青年と奥駈道の話に大きく花を咲かせました。
釜飯とラーメンで夕食を済ませ、早々と就寝することとなりました。
第二日目 5月1日・日曜日 行者還小屋泊
JONの一言
二日目は柏木道の登りがきつかったためその疲れが後に尾をひいて小屋入りが遅くなりましたが、先着の方々が優しく対応してくださったのが嬉しかったです。先に着かれた名張の先生も的確に場所の指示をしてくださり助かりました。
翌朝流しでの洗面時、セルフロックの止水栓を開放側に操作してくださったのは天満のSさんだったような気がします。ありがとうございました。
 文:美智子姫  
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