Yamatabi-CLUB000
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金峯神社〜青根ケ峯〜四寸岩山〜足摺ノ宿〜二蔵ノ宿〜五番関結界門…迫…(国道169号)…上谷…柏木辻

東北地方太平洋沖地震で亡くなられた多くの方達のご冥福と早期復興を祈る旅として、3月に高野街道「町石道」を九度山から高野山奥之院までを行脚し、4月初旬に高野山から熊野本宮大社まで二大聖地を結ぶ熊野古道・小辺路を3泊4日で歩き、そして今回大峰山奥駈道に この身を置いてみようと考えました。
般若心経すら唱えられない私が祈ったところで祈祷になることなど無いことは百も承知なのですが、我が身を苦境のなかにさらしてみたかったのです。今なお、この平成の世に女人結界域を固持する大峰奥駈道に、無理に踏み込むことは無かったのですが、修験者すら苦行としていると聞き、あえてこのルートを選びました。
大峰奥駈道は、奈良県吉野と和歌山県の熊野を結ぶ大峯山を縦走する修験道の修行の道です。
高野山への参詣道の高野山町石道や熊野三山に参詣する熊野古道、小辺路とは少し違い、約1300年前に修験道の祖、役行者(えんのぎょうじゃ)が開いた修行の道と言われています。
役行者は、吉野の金峯山や、この吉野から熊野に連なる大峰山系に行場を開き、今なお七十五靡として伝えられているのです。
●第一日目(4月30日・土曜日)
近鉄・阿部野橋駅 6時50分発、吉野行きの急行電車は大和川橋梁南踏切で発生した人身事故のため、いつ発車するかわからないと言うか列車が入ってこない様子。ここで予備日を使ってしまうのかと言う不安にかられてしまいました。
遅れること40分、やっと午前7時30分に阿部野橋駅を出発したものの尺度駅から吉野まで各駅停車となり到着は9時前となりました。私達は遅れを取り戻すのにタクシーを利用しようとしたのですが、車両の扉が開くと、乗客が一斉に改札口に走ります。その様子にタクシーを諦めゆっくりと歩いていると、人の流れはタクシーの前を過ぎバスに向けて走っています。ラッキー、駅に1台しか止まっていないタクシーをチャーターすることができました。
「運転手さん!柿の葉寿司を買って来るので待っててね!」と売店に走り「包装紙も箱もいりません」と手づかみで柿の葉寿司を購入することができました。(吉野と言えば柿の葉寿司でしょ〜)
「奥の千本・金峯神社まで行って下さい」 運転手さんにそう告げて朝の遅れを取り戻すことができました。
金峯神社にお参りをして、東日本大震災物故者追悼、東日本早期復興および奥駈道の無事を祈願し、いよいよ「祈りの道」に入っていきました。
タイムスケジュール
09:30 金峯神社 出発
10:00 青根ケ峯
10:30 四寸岩山登山口
11:45 四寸岩山 山頂
12:00 足摺ノ宿
12:50 二蔵ノ宿
14:45 五番関結界門
タクシー移動
16:45 上谷・九九能神社前
18:00 柏木道・柏木辻上部でテント泊
金峯神社の参詣 いよいよ奥駈道に入ります 霊峰の碑の前で
まだ名残桜が咲いています 四寸岩山に上がります
あの峰が最初に越える四寸岩山・前を行くのは名張の先生です 四寸岩山山頂です
足摺の宿に到着、宿の中を覗かせていただきましたら、りっぱな仏像が祀られていました。
二蔵ノ宿・中は綺麗に整理整頓、掃除されていました
・小屋前では横浜の青年、名張の医師さんともう一人若者が休憩を取っていました。私達も十分体を休めてから、大天井ケ岳方面ではなくアップダウンの少ない在来道を選択し朝の遅れを調整することにしました。
しかし道は悪く、山抜けをした箇所が数箇所あり、抜けて日が新しいところにはフィックスロープ張ってあり、緊張する場面もありました。
午後3時前に五番関結界門に到着しました。ここには女性を拒むが如く「女人結界」の大きな門が立っており、圧倒され一歩も足を踏み入れる勇気はありませんでした。
男性ならば、このまま山上が岳へ向けて登っていけるのですが私は女性のため一度下山し、また登り返します。
五番関女人結界門から3時間かけて高原林道を下り杉の湯にタクシーを予約しているのですが列車事故で予定が大きく狂い4時30分の予約に間に合うはずもありません。幸運にも携帯が通じたため杉の湯ではなく五番関トンネルまで来てもらうことにしました。
五番関ではツエルトで一夜を凌ごうとする方がいて、強風のため10分ほど下山したところに東屋がありそこにツエルトを張ればと提案し一緒に五番関トンネル入り口まで降りました。この方は名張の心臓のお医者様でゴールまで後になり、先になりご一緒することとなるのです。
五番関女人結界門にて
ポチは当初より、五番関までのお見送り隊のためタクシーにて私達を上谷集落の分岐まで見送り、そのままタクシーにて大和上市駅に向けて帰ることになりました。
タクシーを降りて再び登り返します。いきなり杉林の中を急登していく道を喘ぎながら踏んでいきます。辺りは林の中のために薄暗く塒の場所探しが急がれます。
柏木辻に出て柏木道を少し登ったところの登山道の傍でテントを張り、7泊8日と言う途方もなく長い「大峰奥駈道」への最初の夜を迎えました。
上谷・九九能神社まえから登り返し 柏木辻で 柏木道の途中でテント泊
【4月30日 第一日目の夜は伯母谷に登る柏木道の途中でテント泊】

  JONの一言
今回の山行は、姫の企画をサポートするものでした。
◆熊野本宮大社まで無事に送り届けること。
◆5月7日土曜日の深夜には大阪に帰ること。
◆大日岳の行場を登攀すること。
◆行程の写真を記録すること。
 以上の4点が私の任務でした。
山と渓谷社「吉野・大峯の古道を歩くから引用」

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文:美智子姫00000 写真/GPSデータ:JON