あえて叱る事で「なにくそ」と勇気を奮い立たせてくれたようです。
独標の基部辺りから尾根の様相が変わります。北鎌尾根にどっかりと鎮座した北鎌独標の勇姿は槍ヶ岳を目指す者を拒んでいるようです。稜線通しに直登しても恐く、千丈沢側をトラバースしても恐い状態ですが、当初の予定の通り、ここは千丈沢側を巻いていきます。
独標のトラバースが過ぎて稜線に出ようと少しづつ高度を上げているときでした、行く手を10mほどのガレた沢に阻まれてしまいました。左側は登れそうにありません。行くか戻るか。入ると多分岩屑に流されることになるかも知れない。幸いなことにガレの中に幅2mほどのハイマツ帯があります。あそこに掴まれば大丈夫横断できる。そう判断してお互いのザイルを確認し、流されることを予測して少し上から入ります。
「行きます」
大きな声とともに入った姫の体は岩屑とともに流れ始めます。
「急げ、とにかく動いてハイマツを掴め」
岩屑はガラガラと音を立てて落ちていきますが、僅かな時間でハイマツを掴むことが出来た。
「よくやった。ハイマツの向こう側を、少し上に上がってビレイしてくれ」
姫が上に上がり、ビレイの体制に入ったのを確認して岩屑の中に踏み出すと、先ほどと同じく流され始めます。
「ザイルを巻いて」
そう指示をしながら駆け抜けます。ハイマツを掴んでまずは安堵。
そこからハイマツを掴みながら上へうえへと上がり岩角を掴んで脱出です。まずは一安心。 |
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天狗の腰掛の下部を通過中 |
しばし花と戯れる |
独標を目前にして |
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独標の頂上あたりで無線の交信が入ってきました。サスケパーティが大槍の上から呼んでいます。
「サスケです聞こえますか〜?」
なつかしい声です。
「よ〜く聞こえます」
「どのくらいで到着ですか?」
「まだまだかかります。昼にはとても着けそうにありません。先に南岳小屋に行っててください〜」
「了解しました。先に行ってまーす」
そんな交信を終えたころ、雲行きが怪しくなってきました。「やばいぞ」そう思う間もなく。千丈沢の上空が真っ暗になり、いきなりヒョウが降ってきたのです。少し広めの場所を見つけザックを開けて雨具を出します。その頃今度は豪雨です、ザックの中は水浸し、合羽を着る時間もありません。雷光は見えませんが雷鳴がすぐ近くで弾けます。腰を降ろして岩陰に身を伏せますが、岩場を伝い地響きとなつて我々の体を揺すります。恐ろしい、恐い。 |
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足下はスッパリと切れ落ちています |
やせ尾根を登ります |
独標枕に一休み |
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「伏せろ!危ない!」豪雨の中、雷が鳴りやんだスキを見て前進、音を聞いて岩場に伏せ、そして安全なところを求めて進みます、生きた心地がしないとはこのことを言うのだと実感しました。本当は雷鳴より雷光の方が早いので、音を聞いて伏せていたのでは遅いのですが、少しでも安全なところを求めて進みます。
ヒョウも豪雨も恐怖を与えただけでは有りませんでした。我々にとって恵みの雨だったのです。
ほとんどの水を飲み干していたため合羽にたまつたヒョウをすくって口に含み、合羽についた僅かな水滴をすすり水分を補給したのです。雷は恐ろしいもののヒョウと豪雨は天の恵み、我々を助けてくれました。 |
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北鎌の14番目のピークを越えた頃でした。突然稜線が切れ落ちていました。岩には10本以上の残置シュリンゲがあり懸垂下降をした痕跡が残されていましたが、私達は千丈沢側のほうが難しく見えたので天丈沢側をクライムダウンして降りることにしました。上からビレイしながら姫がクライムダウン。続いて姫が通ったのと同じルートを下降しましたが、中ほどに有った40cmほどの岩が突然抜けたのです。「ラクー」姫の大きな声とともに天丈沢めがけて落ちていった。その瞬間体がずり落ち、姫の確保するザイルに助けられたのです。 |
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いよいよ穂先を目指します |
東鎌尾根の上部にあるカニのハサミ |
直下から見た大槍 |
「化粧なおせよ」「えっここで?」「槍の頂上についたら化粧してた方がええんとちやうか?」配慮なのか、そんなおそろしい顔なのかわかりませんが中房温泉を出発してから4日ぶりの化粧です。化粧をしてもしなくてもこの顔に大差はありませんが気分的には大きく違います。仕上げの口紅を差し、いよいよ槍ケ岳にとりつきます。 |
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最後の登りです |
大槍登頂 |
無事に登頂できました |
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当然リーダーがトツプを行ってくれるとばかり思っていましたが
「何、甘えてんねん。トップは姫や!いけ!」
「足をかけるところがありません!」
第一歩の踏みだしがどうしても見あたりません。緊張と疲労と、不安で迷っていると
「今までに全てクライミングで教えてある。自分で探せ」
「ありました!行きます!」
「よっしゃ気をつけてな!」
崩れ落ちそうな岩場を上り詰めいままでは槍の穂先だけしか見ることがありませんでしたが今は槍の根元に立っています。一歩登れるとあとは慎重にではありますがスイスイと上り詰めていける自信が沸いてきました。上で人の声がします。槍の頂上が近いのです。
「あっあんなとこから人が登って来てるよ」
槍ヶ岳山頂には多くのギャラリーがいて「槍の祠」のすぐ後ろに登りつくことが出来ました「登ったー」そう叫び、そのまま泣き崩れてしまいました。後ろを振り向くと鬼コーチの目にも涙が浮かんでいて感動の瞬間を味わうことがてきました。関心のある登山者はどこから来たかと訊ねるので「北鎌尾根から」と答えるとそれはすごいと絶賛し、関心のない観光客登山者は「北鎌倉からですか」と答えたのには全身の力が抜けた気がしました。槍ヶ岳山頂からの下山ルートは1時間も渋滞しサスケパーティとの合流場所の南岳山荘には無理と判断し槍ケ岳山荘泊まりにすることにしました。 |
【パートナー・JONの声】 |
北鎌尾根は急峻なところだった。地質的なものかどうかわからないが割れている岩が多かった。見た目にはどうも無い様に見えれも、触ると外れてしまう岩が多かった。ガレ場も多く歩くのも、ままならない状態だった。北鎌平あたりから上部の岩はしっかりしていたが浮石も何箇所かは踏んだので、バランスには注意を要するところである。水場は全く無いのでビバーグをする場合は、一人5リットル以上の水を携行しなければなりません。 |
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