剣沢に朝がきた。綺麗な雲が剣沢の上空に浮かび、それを朝陽が色付けをして演出していた。また剣沢に陽が射すとそこはテントの花盛りだった。実に美しい朝だ。今日登攀するクライマー達は早朝に出かけたのだろうか、テントの回りは人影も少なく案外静かな朝だ。私達は今日は帰るだけ。ゆっくりと朝食の用意をする。朝6時30分にはラジオ体操の音楽が流れ剣沢交番のおまわりさん達やテント場の管理人さんたちが広場でラジオ体操を始めた。突然下界に引き戻されたような錯覚に陥る。「ちょっと此処には似合わないかなあ」そんな思いが過ぎって行く。
 
食事が終わると早々に片付けていく。何もそう焦らなくてもと言いたいところだが、いかんせん神戸までは遠い。高速道路の土日祝日割引と相まって混雑しやすくなっている。此処から室堂まで凡そ3時間、バス、ケーブルを乗り継いで立山へ、それから自家用車を走らせれば神戸に着くのはやはり夜8時ごろになるだろう。
7時00分。
剱岳に、そして源次郎尾根に満足したメンバーは室堂に向かって歩き始めた。
剣御前岳も美しい山容を誇らしげに現している。左に別山、右に剣御前を見ながら別山乗越を目指しゆっくりと登っていく。剱岳開拓の黎明期には剣御前から別山尾根を踏破して頂上を目指そうとした歴史も有るようだがあの尾根を歩いたのか。先駆者が色々なルートを開拓してくれたから、またヨーロッパの登山史が日本の登山開拓を早めたから、外国製に始まり現在では国産の優良な装備があるから私のような者でも一端のクライマーのような顔をして山に来られる。
私はいつも笑って人に話す。
「山に来るときは数万円もする靴を履き、一万数千円のパンツに同じくらいの価格のシャツを着る。合羽といえば数万円。価格をあげればキリが無い。町に居るときは1000円のTシャツに数千円のズボン、靴と言えば安物のスニーカー。可笑しなもんだ。45年も昔なら継ぎ接ぎだらけの衣類を来て、靴と言えば形の崩れた親父の半長革靴に鋲を打って履いていた」 そんなことを考えながら別山乗越を目指していた。
別山への分岐辺りで、見納めにと剱岳を振り返ると、今日も剱岳はその山容を畏怖堂々と現している。本峰に沿うように源次郎尾根もその勇姿を示している。こんなに美しい剱岳にそうそうお目にかかれるものではない。メンバー誰しもこの日に此処を訪れたことを嬉しく思ったのだろう。異口同音にその喜びを口にしながら剱岳を見入っていた。
本峰から派生する源次郎尾根をなぞったり、八ッ峰下部に眼をやったり、剱岳本峰を見ながら
「次回は此処を登ってやるぞ」と 各人胸に刻んでいたに違いない。
「ぼちぼち行こうか」
寛リーダーの一声に促され、一同我に帰って再び帰路に向かって歩を進めて行った。みくりが池温泉に入って
室堂バスターミナル到着11時00分
。今回の山行は幕を閉じた。
別山乗越 剣御前小屋 雷鳥沢テント場を望む 休憩中 もうすぐ称名川
雷鳥沢テント場 雷鳥平 地獄谷 みくりが池温泉 室堂バスターミナル

【編集後記】
今回の剱岳・源次郎尾根山行は突然降って沸いたような話しだった。このルートの厳しさは充分に承知していたし、参加メンバーの実力からして迷惑を掛けないで付いて行ければいいと考えていた。
剱岳は過去に3回経験があったのだが、山行経路がいずれも別山尾根だった。今回は剣沢を凡そ400mの標高差を下り、凡そ1000mの標高差を上昇するには きついものを感じていた。
源次郎尾根ルートの前半はほとんど手足で登っていくため、足への負担が軽減されたのだろうが、もし標高差1000mの急登を足だけで登るとしたら、とても付いて行けなかっただろう。携行する飲料水の少なさにも問題があったと思う、もしもう500ml多く携行していて上手に給水していたら、一服剱のコルから一服剱頭まではどうにか迷惑を掛けずに上がれたのではないか思う。
山行の楽しさは 体力、体調、歩行速度、携行重量などで決まってくるので、皆さんも今後の山行の礎にしていただければ幸いです。
やまたび倶楽部の皆さんには、山行には体力、知識、技術、装備、知恵、勘というものが必要だと常々申し上げていますが、絶対に必要なものは体力です。其処のところを再度認識してください。単独行は自分の体力に合わせてゆっくりのんびり行けると言う利点もありますが、その裏に数倍の危険が潜んでいます。
「行きたい山と行ける山」 行きたい山があるならそれに見合ったトレーニングをして、パートナーを探してから入山してください。


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