2012.10.26 第7日目  ナムチェバザール〜プンティンガ〜タンボチェ
ナムチェバザール3446m→プンティンガ3250m→タンボチェ3867m 外気温7.3度。湿度48%。

出発前の午前8時前になるとロッジの前がやたら賑やかになります。各国のトレッカーたちが集まって来てとても国際的です。大柄な外国人がアップなのかダウンなのか聞いてきたので「アイランドピークへアップ」と身振り手振りで示すと頑張ってと言う意味をこめて握手をしてくれました。(多分通じていると思います)私達のポーターさんはうまく荷物をまとめて先に出発をしました。今日は登り坂の多いコースとのことでポーターさん達もさぞ大変でしょう。ナムチェの町は行き交うトレッカーたちでにぎわっています。ルクラに向けて下って行く人、小さなリュックを背負い高度順応に出かける人、エベレストビューホテルに出かける人、それに加えてゾッキョが行き交います。日本ではとても見られない風景です。私達はゆっくり歩いているため多くの後続者に抜かれながら、シェルパ美術館の見学に出かけることにしました。
今日はトレッキングリーダーのマッチンドラーが日本の登山隊を先導すると言う意味を込めて日の丸の国旗をザックに立ててくださいました。サブリーダーのチャーチットのザックにはネパールの国旗がつけられています。
「頑張って行きましょうネ。僕はアイランドピークへ登るのは初めてですから成功してほしいですね」彼は口癖のように言っていました。
 コンデ、クンデリをバックに  ドジラファ
 ナムチェバザールの上部から見たコンデ、クンデリ
ナムチェバザールのシェルパ博物館を見学
シェルパ博物館の一つの棟は民族資料館となっておりました。もう一方は農作業用のスキやシロカキなどが展示されていました。だんだん畑で使う事が多いのでしょうか道具が小さい気がしました。
別の棟にはエベレストやシェルパ族に関する多くの写真が展示されていました。エベレスト登頂成功者の写真がズラリと貼ってある中でマッキンリーで命を絶った故・植村直己氏や三浦雄一郎氏の写真も展示されていました。
タンボチェの道へは等高線沿いの道が続きチョルテン(仏塔)が日本の一里塚の様に立っていました。そこで休憩を取ったり、エベレスト街道沿いにあるりっぱなゴミ箱横で休憩を取ったりしながら、我らの行く手を示すようにネパールで一番美しい山と言われるアマダムラムがそびえ立っています。いくつかのカーブを出たり入ったりしながら少し高いビューポイントに着くと、トーチェ・ローチェ・エベレストとアマダムラが見え、この景色はエベレスト街道一の景色だと言われているそうです。
エベレスト街道の道路修復募金に協力しました
   エベレスト遠望
 サナサのロッジでお茶を頂いたあと街道はイムジャコーラを目指して下っていきました。
ソマレの街道は狭く、ヤクが通ったら人は通れないほどです。ここのロッジで昼食をして更に登り返していきます
 白いヤクは珍しいです  ヤクが通れば道一ぱい  軍のチェックポストを通過
お茶を飲んだあと次第に高度を下げて行きサラサからプンキテンガーの吊橋まで下がって行きました。吊橋を渡ると昼食場所に到着です。この旅でマンゴージュースが一番おいしかったです。食後しばらく休憩してタンボチェに向かいます。いきなりアーミーチェックポストがあり銃を持った兵士が立っていました。カメラを指さしながら「写真いいですか?」と聞くと「ノー」の返事。愛想笑をしてその場を離れました。ここから急な登りがはじまりました。

各自が持っている高度計の腕時計の示す数値がそれぞれに違うため、誰のが一番正しいかということになりました。マッチンドラー氏に聞くと更にかけ離れた数字を言うため、「トレッキングガイドの高度計がそれではいかんやろう」と抗議すると…その時彼の名言は
「ボクの時計、高山病ね…。どうしようも無いネ」
その場にいた全員が大笑いしました。今回のたびの名言賞はこの一言でした。
タンボチェへの登り返しで道路の真ん中に「何でもドア」が ありました。あれをくぐればアイランドピークかなあなどと思いながら反対側に回って着るとポーターさんが休憩中でした。この方達が材料を運んでくれるから私たちはロッジのベッドで眠ることが出来るのです。ナマステ〜
ネパールではヘリコプターによる材料、物品の荷揚げは認められていないそうです。

九十九折れの道はどこまで上がっても九十九折れ!ガイドのマッチンドラーはゆっくりと歩いてくれるものの、やはり登りはきついです。気が付くと前を戸板のような物が動いています。ポーターさんがとびらを運んでいるのです。材木を縦に15枚つなぎそれを運んでいるのです。思わず並んで写真を撮らせてもらいました。100sはあると思います。ガイドのマッチンドラーは私達の様子を伺いながらゆっくりと進んでくれ時々日本の歌「幸せなら手をたたこう」を口ずさんでくれました。とても元気がでました。きつい道では「ビスタリー・ビスタリー」と声をかけてくれます。これは「ゆっくり・ゆっくり」の意味で九十九折れも終わりに近づいたころ突然山門が見えてきました。シェルパ族のブツタ教の寺院の聖域に入ったのです。ロッジ到着です。歩行時間8.5時間今日もよく歩いたなぁ。

寺院の中では祈祷が行われており靴を脱いで連座させていただきました。
何処に座っても良かったのですが各国からのトレッカー達も多く座っていました。何を思ったかジョンがホルンの間に座り込むとお坊さんにきつくとがめられ、しぶしぶホルンの前に座りなおしたとたん…ブオーーーーーッ!びっくりしたのなんのって、ジョンは血の気が引いたような顔をしていました。
「アイランド登攀がうまく行きますように」そんな祈りをこめて手を合わせました。
 シェルパ族のブツタ教の寺院の聖域
タンボチェにある日本の登山家の記念碑…橋本龍太郎氏の書
寺院の裏側に登山家「加藤保男」の碑が建立されていると聞き、訪れてみることにしました。橋本竜太郎の「夢」の碑や歌手のデュディオングが寄贈したという碑も立っていました。散歩の途中から突然に雪が降って来てあわててロッジに帰りました。ここからはローチェやクンティガが美しく見えます。
ロッジの食事はこんなもん
ナムチェバザールのロッジ泊
 この日のコンディション
朝食はパン1枚とゆで卵1個 食べるのがやっとです。他のメンバーは「美味しい」「美味しい」を連発しながら食べてます。足元から巻き上げる砂埃と食べ物にまいる。サプリメントやポカリスエットが利いているのか、案外元気です。