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今朝4時頃、ドスーンと言う音がして誰かがベットから落ちました〜。誰れ〜? パンボチェの朝はお寺の鐘の音に起こされました。 今日は歩く距離が長いため6時30分朝食、出発は7時30分となりました。パンボチェはエベレストがよく見えることから多くのヨーロッパ人がエベレストを見にトレッキングにやって来ていました。 |
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ロッジを出たところでヨーロッパ人のトレッカーに呼び止められました。何事かなあと思っていると、英語の先生のサントシさんが通訳をしてくれて 「『動かないで、読ませてくれる?』と言っておられますので旗を見せてあげてください」とのこと。 立ち止まって読んでもらうと「アイランドピークに登ってこられたのですね。おめでとう」と通訳してくれました。 「サンキュー」と応えると、大きく笑顔でうなずいてくれました。 |
今夜は別ルートを歩いているウッチー会長と合流できるはず、今から楽しみです。 | |
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さあ、タンボチェを出発です。 |
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朝からひっきりなしにレスキューのヘリコプターが忙しく働いています。高山病は一刻も早い手当が必要で命にもかかわるためヘリコプターに収容された後はカトマンズの病院に搬送されるそうです。 |
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旧道を歩いていると岩の上でひなたぼっこをする恋人か夫婦なのか仲良しのシカを見つけました。 | |
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もう何日も雨が降っていません。路面は乾燥しきっていてヤクが通ったあとは砂塵で大変です。人が歩いた後はどうかというとスリップを起こしたり、足を引っ掛けたりしたら砂塵が舞い上がりもう大変です。 |
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何度も吊橋を渡りアーミーポイントに到着しましたが下山時はフリーパスの様です。 | |||
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イムジャコーラに別れを告げ、エベレスト街道は山の中腹まで上がっていきます。これからしばらくは登り坂の連続になります。 かなりきつい坂にジョンがダウン寸前状態です。 サブガイドがジョンのリュックを背負い、姫がストックでジョンを引っ張り上がりました。 相当疲れている様子です。見かねたガイドのマッチンドラーがストックでジョンを引き上げながら歩いてくれました。 |
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午後3時ナムチェの町が見え始めた頃ジョンが咳がひどくなり「薬局に行きたい」と言いだしましたが、ナムチェには薬剤店が無く、ロッジに行く途中にある診療所で診察を受けることになりました。 診療所に行くと、診察を受ける前に「診察料40ドル持っていますか?」と聞かれ、ドルは多く持ってないが日本円なら持っている、ネパール紙幣も持っていることを告げました。日本円は使えないらしくネパール紙幣で支払いをすることにしました。診察の結果、「鼻炎と咽喉が荒れているので薬を調合します」ということでした。診察と薬代、合わせて6600ルピーでした。診療所を後にしてナムチェバザールのロッジに着くとウッチー会長と合流することができました。 |
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マッチンドラーさんは顔が広いのか歩行中にもライ族のポーターさん達から握手を求められていました。その都度足を止め握手をし、交歓を深めていました。 ナムチェバザールに到着です |
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久々のヒマ・トレ軍団全員集合です。 しかしウッチー会長は明朝にはヘリコプターで搬送されることになっている様子でした。 私達がロッジで休憩している間にマッチンドラーさんは登頂証明書の発行手続きに出かけてくれていました。 この町で証明をもらいカトマンズで証明書を発行してもらうのだそうです。 |
「ナムチェバザールのロッジ泊」 |
この日のコンディション |
コンディションはずいぶん良くなってきました。まだ食事はすすみません。食欲のある方がうらやましい限りです。、お腹はすこぶる快調です。ただ鼻、喉が痛みます。明後日はカトマンズに帰ると、「ふる里」の日本風料理が食べられます。もう少しの辛抱です。 |
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