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姫のページは みなさまのお役に
少しは立てたでしょうか・・・。


【5404回 暖かすぎる・・・】
  Date: 2020-01-25 (Sat)

異常気象と言われつづけたあとは中国からの招かざる客「新型コロナウイルス」・・日本のインフルエンザも驚いたのか影を潜めてしまいました。

関空の施設で働く姪っ子の娘も接客時のマスク着用が許可されたそうです。「こわい」そんなラインが入っていました。

病院関係で働く人達も怖いよね。飛沫感染だから、知らないうちに感染しているってことあるよね。

とにかく外出先から戻ったら「うがい」「手洗い」まずは自分の身は自分で守りましょう。

そして雪がない・・・。2月もこの調子だそうです。

春以降は雪解け水が少なくなり、水不足で悩まされることになります。

屋根の雪下ろしをしていて落下・・の事故が少ないのはいいことなんですが水不足は困るね。

豪雪地帯の酸ヶ湯はどうなつてるんでしょうか?

作物を作っている人達も野菜の発育が早すぎて豊作となり値崩れがしていて大変だとか。

大事な国会を野次がどうの、桜を見る会がどうのと言ってないで生産者への援助方法を討論してみなっ!

【5403回 公園のトイレ】
  Date: 2020-01-24 (Fri)

正蓮寺川を埋め立てた跡地に公園が出来、お披露目も済み多くの人達が利用しています。

この公園の利用方法について何度も会議を重ね、区民のためにどうすれば利用価値が上がるか意見を出してきました。

私は会議当初から「トイレが無い」ことを指摘し続けてきました。建設局は「予算がない」「いずれ・・」と歯切れの悪い回答ばかり。

用が足したくなったら駅、コンビニ、スーパーなどと他力本願ばかりで腹立たしい思いをしました。

私以外にもトイレの無いことに疑問を持つ大勢の人がいて、トイレ設置が実現することになりました。只今工事中。

会議の席で「あなたの要望が通りトイレ設置いたします」

「ありがとうございます。完成した暁にはイの一番に利用させて頂きます」と会場の笑いを誘いました。

しかし利用するのは私ではありません。公園を利用する多くの人々の代弁をしたのです(トイレだけにダイベンかぁ・・・笑)

完成は2020年1月と報告がありました。まもなくです。

ところが先日区役所の方から電話があり「工事が遅れて3月になります。この事を報告するようにと言われました」とのご丁寧な対応でした。

どうも「トイレの神様」ならぬ「トイレのおばちゃん」になっている様子です。

公園のトイレ設置については近隣の方達から反対の声が上がっていたことも事実です。「悪臭がする」「イメージが悪い」「場所を変えろ」等々。

驚いたことに下水工事が出来てなくて、しばらくは「汲み取り式」らしい。

正蓮寺公園を利用する区民の皆さんにお願いします。

@苦労の末にトイレ設置となったのです。綺麗に使って下さい。

Aトイレツトペーパーの持ち帰り、落書き等しないで下さい。

B過つて汚す場合もありかと思います。汚したら自分で掃除をして綺麗にしてから出て下さい。

※「トイレが出来て良かったね」とみんなで言えるように各自が管理者となりましょうね。

トイレのテープカットは・・・ひょっとして「トイレのおばちやん」か?・・キャハッハッハッハハハ

【5402回 新春初歩き】
  Date: 2020-01-23 (Thu)

2020年の初歩きは恒例の「中山さん」に行って来ました。

レポートもアップしています。表紙の「中山奥之院ハイク」からか「2020山行記録」からご覧ください。

初詣は、わんさかと人手が多かったことと推察しますが平日につき静かでした。

「暖冬だから梅でも咲いてるんとちゃう?」と期待はしたものの1輪か2輪咲いているだけで開花にはまだ遠そうでした。

「奥の院往復で充分や」と言ったものの少し物足りなさを憶えて「東尾根コース」を選びました。

急な登りやらゴツゴツした岩があるのですが、それを好んで歩く我々には丁度良いトレーニングとなりました。

登山者もほとんどいません。白龍大明神の碑近くの展望台に腰を下ろし昼ご飯を食べました。

川西市や伊丹市など遠くの町並みがよく見えています。

さて・・午後の歩きを開始しようと思ったとたんブルッブルッと震えるような寒い風が吹いてきました。

脱いでいたジャンバーを着込み頂上分岐にでました。

頂上分岐にでたからと言って・・・頂上には行きません。(分岐から600m歩いて頂上らしくない頂上はカット)

奥の院に向けてアツプダウンを繰り返しながらわずかの時間で奥の院到着です。ここは人が多くいました。

清荒神に向けての下山開始です。結構な岩場があり楽しく歩けました。

一生懸命距離を稼ぐ歩きは身体に悪いです。岩を登ったり、下りたりしているのが起伏があって楽しいです。

清荒神はお参りの人が多くいましたが屋台はほとんど休んでいました。(露店は土曜・日曜のみ営業かな?)

途中、雨に遭ったりしましたが初歩きにしてはよく歩きました。(25,000歩初歩き)

「宝塚まで歩こう!」まだ歩き足りないのでしょうか、清荒神駅を通過して宝塚の町を始めて歩きました。

宝塚らしい遊歩道をゆっくり散策しゴールはお好み焼き屋で乾杯です。

【5401回 私のいっちゃん】
  Date: 2020-01-22 (Wed)

1月場所が開催されてもう10日・・・千秋楽まであとわずか。

夕方テレビを付けるのは決まって午後6時前ぐらい。

この時間だと私のいっちゃんの取り組みは見られないのです。

何故なら早い時間に取り組みが終わってしまうのです。

「ところで私のいっちゃんて誰?」逸ノ城 駿 力士のことですよ〜。

いまは前頭まで下がってしまい、その上あっさり負けたりして・・・。

怪我で休場したので仕方がないけど、あの巨体が土俵際で棒立ちになった瞬間「負けたっ!」と悔しい思いをしています。

炎鵬みたいにガッツ持ってよねっ!大きいだけではいかんよ!

5勝5敗もう後がありません。千秋楽まで毎日勝って8勝しないと・・・!

土俵下の審判役の親方が可哀想になってしまいます。もっとやる気をだせっ!

本物のお相撲さんに出会ったのが逸ノ城でした。東大阪でちゃんこ鍋一緒に食べたあの時の写真どこにいったのかなぁ・・・。

相撲と縁のなかった私が唯一応援しているのが「私のいっちゃん・逸ノ城」なんです。

千秋楽まで目が離せない相撲中継です。

【5400回 高見地区避難訓練】
  Date: 2020-01-20 (Mon)

1月17日、25年前の阪神淡路大震災の恐怖の記憶の糸を手繰り寄せた翌日の18日「津波避難訓練」を地域で取り組みました。

高見小学校は土曜授業で全員参加、此花中学校の生徒も合流して地域あげての取り組みです。

食器造り、トイレ造り、土のう造り、怪我人の搬送、三角巾での応急処置を生徒は学びました。

大人達はグランドで煙体験や消火訓練などを行い、帰りには女子生徒が作ってくれたアルファ米のお弁当をお土産にもらいました。

「訓練に参加するのと、しないのでは大きな差がある」ことを実感しました。

それにしても・・・参加者の少ない事・・・・

危機感が少ないのか、いざという時に戸惑いはないのかと思ったりします。

地域の人達は前日から講堂にシートを張り巡らせ、アルファ米の炊き出しの用意、消防署への対応、役割分担など大変なご苦労があったと思います。

終わった後の片付けなど同じ町民として頭の下がる思いです。

私の担当は「記録係」を拝命しました。連合町会長が療養中のため報告も兼ねて漏らさず撮影したつもりです。

避難訓練に参加、不参加で「いざ」と言う時の対応がまったく違うことをもう一度申し上げておきたいと思います。

お知らせは回覧板、広報誌で区民全員に告知しています。「知らなかった」と言うことはありません。

【5399回 あれから25年】
  Date: 2020-01-17 (Fri)

25年前の今日の1月17日、兵庫県神戸市は大きな揺れにおそわれました。我が家も揺れました。

史上初めて震度7を記録した阪神・淡路大震災・・我が家の階段にはいまも傷跡が残っています。

震災の翌日、行方不明の社員を探しに神戸中央区までの道すがら、おどろおどろした光景を思い出します。

バイクのガソリンを予備に積み、背負えるだけの荷物を背負いました。

前カゴや足元にも生活用品を積み込み出発したものの道路は落とし穴の様にへこみハンドルを取られ穴に落ちたバイクを引き上げながら気の遠くなる道のりでした。

芦屋あたりで高速道路のセンターラインを目の前にしました。一瞬何なのか理解できませんでした。

街のあちこちから立ち上る炎や煙を潜り抜け小学校に避難していた社員は無事、役目を果たしての帰り道、荷物の中からアンパン1個だけ貰いました。

何時に帰りつくかわからないのです。ガソリンスタンドの前には数え切れないほどのバイクの群れ、燃料切れの様です。

死者6434人。25年経っても大切な家族を失った人達の心が癒える日は無かったと思います。

我が家では階段に飾っていた品物を全て片付けました。部屋にあったガラス戸のある本箱は廊下に出しました。

和ダンスや整理ダンスには補強の金具を取り付けました。これで家具の下敷きにならずに済みます。

ベッドの手の届く範囲に懐中電灯を常備しました。非常持ち出し袋には手動式充電器を追加しました。

3階には備蓄の非常食も取り寄せています。

1月18日は我が町の一斉避難訓練が行われます。

【5398回 さぶっ!】
  Date: 2020-01-16 (Thu)

土佐の高知では寒いことを「ひやい」と言います。昨日の夕方はまさに「ひやっ!」バイクに乗って初めて感じました。

温暖化の影響で天然氷が張らずに泣いている業者。

夏には、その氷を使うかき氷業者(売上1千万円)も、泣いています。

勿論スキー場は空を見上げて泣いてばかり・・・。

流氷が崩れて雪崩を起こし、津波で観光用ボートが被害に遭ったとか。イロイロ。

じゃあ豪雪地帯は屋根の雪かきをしなくていいのかと言うとそれは別らしい。(どっちやねん!)

我が家は1階のエアコン1台のみ稼働で、ホットカーペットも足温器もまだ、およびでない。

ネパールで購入した超温かいダウンの出番もありません。

このまま春を迎えると雪不足による水不足が心配される。地球は一体どうなってんのかと考える時が来ているのではないでしょうか?

日本がいくら危機感を持っいても、お隣の国の無謀さには、歯止めが利かないしなぁ。

我々はあと何年しか生きられないとしても孫達の時代を考えると何とかせねば・・・!(何が出来る?)


【5397回 成人式】
  Date: 2020-01-14 (Tue)

此花区の新成人703名・・式典に参加していたのは200余名かしら?

風が強くて、振り袖から長襦袢袖がもろにはみ出していて何人か直して差し上げるほどでした。

男子のスーツ姿は凛々しいね。その中に若干紋付き袴に派手な羽織をまとった若者がいましたが静かに式典に参加していました。

しかし、しかしです、区長や来賓の挨拶が静かに聞けない(勿論きちんと聞いている人もいた)静かにしなさいっ!と心の中で叫び続けていました。

過日の結婚披露宴でもそうでしたが乾杯が始まってから食事タイムに入ると、どんな大切な事を話しても静かに聞いてくれる人は、ほんのわずかでした。

来賓の方々は静かに出来ないことを理解したうえで「短く」挨拶をして貰えると聞いてくれるのかなと思ったりします。

新成人の中に音大の声楽科に通う人がいて「君が代」と「大阪市歌」を生歌で披露したり、新成人の一文字「夢」を壇上で書いたりしていました。

まずは「責任ある行動がとれる」「自分本位ではなく他人を思いやる」そんな大人の心が育まれるといいなぁ!

【5396回 新年のあいさつに】
  Date: 2020-01-13 (Mon)

新年の挨拶に、あの世に住む亡きお舅さん、お姑さんに挨拶に出かけました。天気予報は朝から雨らしいですが大丈夫の様です。

大阪駅からバスで住吉車庫前行に乗り一心寺まで行ってきました。

1年以上も掛けて屋根の大修理をしていた本堂は見違えるほど黒光りの瓦がまぶしかったです(曇りなのに神々しかった)

本堂が完成するまで納骨を待っていたのか大勢の人達で本堂の中は順番を待つ人達で満員でした。

お参りを済ませて外に出るとポツポツと傘をさすほどではありませんが雨の予感。

リュックにゼッケンをつけたウオーカー達が大勢歩いていました。

そうだ!昔所属していたウオーキング協会のイベント「環状線一周ウオーク」かも知れないと四天王寺方向を覗くと見覚えのある旗を持ったスタッフがいました。

西九条あたりでも見かけましたので隧道に向けて歩いているのだなぁ・・・と昔応援隊でマイクを握っていたことを懐かしく思い浮かべました。

そう言えば・・・1000人近くの人達の前で説明している最中に誤って落下・・アバラ骨・・を折ったなぁ。

若かりし頃の懐かしい思い出です。

注意力散漫なのかグループの中で怪我をすると言えば決まって私でした。

・クライミングを終えて帰り支度中に木の根っこにつまづいてアバラ骨骨折

・妙義山頂上から下山中に落石回避するために木の枝を掴んで右腕脱臼

・比良系の沢登りで左腕脱臼

・槍ケ岳でメンバー登攀手助けをしていて雨に濡れて低体温症

あとは虫に好かれて・・・(ツツガムシ)(タカサゴキララマダニ)(ヒル)などなど

まあ山を愛するが故の勲章みたいなもんです。幸いにもどれも後遺症はありません。だから懲りずに山に登る〜!

【5395回 お山から無事帰りましたか?】
  Date: 2020-01-11 (Sat)

年末年始の長期休暇を終え、お山に出かけていた方達は道具の手入れに忙しかったことでしょう。

無事に帰れて良かったですね。雪も少なく、あまり事故の報道が無かったので良かったなぁと思っています。

私達?寒いの苦手です・・・それに雪山はもう無理です。

過日、富士山5合目の「入山禁止」の看板の前で報道関係の人と外国の方が会話をしていました。

報道関係の人は入山禁止を説明しているのですが外国の人は「写真を撮るだけだから・・・」と制止を振り切って笑って塀を簡単にくぐって中に入って行きました。

登山の恰好ではありませんでした。1時間ほどして戻って来た外国の人は雪まみれで手から血を流していました。

自撮りした動画を報道陣に見せていましたが滑る滑る・・・バッカじゃないの!と腹立たしかったです。

こんな人のために救助隊が出動しなくてはならないのですよ!

入山禁止と言うならば誰もが越えれない塀を作ることだと思います。

登山口に見張り小屋を作りきちんと管理しないと事故は減りません。恰好を見ればすぐにわかります。

観光目的で富士山を撮影するならば忍野村からの富士山の方が綺麗です。

亡くなったポッチーの父親が富士山の5合目に立ち「おい、富士山が見えない」と言いました。

おかしくって笑いましたがその後、忍野八海に移動して日本一の富士山を堪能してもらったことを思い出しています。

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