HomePage Search PastLog Admin

姫のページは みなさまのお役に
少しは立てたでしょうか・・・。


【5205回 投げ入れ堂】
  Date: 2019-05-25 (Sat)

「湯快リゾートとは」編

最近は修験道のコースにはまっており、鳥取県三徳山にある投げ入れ堂まで足を延ばすことにしました。

我々年金組は経費節約にエネルギーを費やすのが好きなのですが時には大判振る舞いもします・・だから決してケチではありません(笑)

湯快リゾートはテレビで宣伝していますがオール7500円ではありません。(今回は15120円)鳥取県の斉木旅館は昔は品格のある高級ホテルであったことが分かります。

高級がゆえに客足が遠のき経営が成り立たず湯快リゾートの買収となったのだと思います。

旅館代は高いのですがバス代が往復千円という安さに飛びつきました「鳥取迄行って、戻って1000円!」

と言うわけで高級旅館・斉木旅館に到着しました。まずは高級感あふれるソファに案内されお饅頭とお茶の接待を受けました。

部屋の説明もグループごとに丁寧にしてくれました。

入室してみると湯快リゾート特有のお布団が敷いていません(オドロキ〜)

夕食はバイキングではなく会席料理「そりゃあ15000円は取るわなぁ!」お料理も次から次に丁寧に運んできました。

値段は無駄に取ってないわ・・満足の行く旅館でした。

ただ残念だったのは投げ入れ堂から戻り、温泉で汗を流そうと思うと「湯の入れ替え日」と重なり入浴できなかったことです。

間の悪い日にでくわしたものです。せめて家族風呂だけでも湯の入れ替え日を替えて欲しいとアンケートに書いて置きました

アンケート記入大好きな姫は利用者を代表して大切な生の声を届けなくてはといつも書いています。

「投げ入れ堂編は次回につづく」

【5204回 富士山の遭難騒ぎ】
  Date: 2019-05-22 (Wed)

「名前を載せろ!顔を公開せよっ!」

情なくて・・腹立たしくて・・怒りしかありません。こんなバカが山を汚すなんてっ!

山梨県側の富士山を登っていた20歳代男性が20日午後、「疲れて動けない」と

富士吉田署に通報してきたそうです。救助隊員6人が捜索を続けているうちに男性は自力で下山していたことがわかりました。

同日夜、東京都内の自宅に戻るまで、下山したことを同署に連絡しなかったそうです。

発表によると、男性は同日朝、単独で麓から登り始め、アイゼンもつけていない軽装だったそうです。、

勿論、登山届の提出もなく、残雪に覆われた8合目付近で動けなくなり、午後0時40分頃、救助を求めたらしいです。

曇天でヘリによる救助ができず、県警の救助隊員が5合目から現場に向かいました。

途中で男性と連絡が取れなくなり、捜索は午後9時半頃まで続けられたそうです。

その間に男性は麓まで歩き、電車で帰宅。男性から連絡があったのは午後10時頃だったそうです。

富士山の山開きは7月1日ですぞっ!。

県警は「この時期の富士山は残雪があり、非常に危険。下山中の滑落や、救助隊員が二次被害に遭うおそれもあった」と指摘しています。

個人情報が何だかんだとこんな男を擁護しなくてもいいっ!

二度とこんなバカな事をしないために「名前、住所、顔写真」を公開して反省を促すべきだと私は非常に怒っています。

何が個人情報ですかっ!救助隊員の皆さんは二次被害に遭うかもしれないのですよ!

何でもかんでも個人情報で包み隠すのはよくありません。私はそう思います。

【5203回 久しぶりの山歩き12km】
  Date: 2019-05-22 (Wed)

雨模様のため延期!いや決行!と出発前に悩みました。

出掛ける時に雨が残っていても歩き始めたら晴天になる事を信じて生駒山縦走を決断しました。

21日関東地方は豪雨みたいです。道路は水たまりもあります。

午前9時、近鉄生駒駅集合です。今回から「毎日日曜日」となった、やまたび倶楽部のメンバーのショーちゃんが加わりました。

いつもと変わらずひょうひょうと「やぁやぁ」とやってきました。

ケーブルで山上遊園地まで行き高安山駅まで縦走しました。ざっと12km・・・山歩きの12kmはかなりの強行軍です。

しかも全員70歳越え!ここで事故に遭えば「高齢者5人組・・」なんておもしろおかしく報道されるに違いありません(笑)

アクシデントはスタート前に始まりました。(レポートをお楽しみに)

照り付ける太陽は夏日ですが木立の中と標高が高いということもあり時折吹く風が涼しくて気持ちいいです。

ウグイスの大合唱の中・・贅沢なんですけど「ヤカマシー」って言うほどでした。

生駒山縦走路には木製のベンチが至る所にあり疲れたら休憩が出来るようになっています。

しかし・・・今は毛虫がウヨウヨいてそばを歩くだけで鱗粉が付着しそうでした。

午後3時過ぎには目的の高安山駅にゴールしました。

誰にも出合わない静かな山歩きでした(あっ途中で高齢者の団体さんに出会ったなぁ)

これからの時期は紫陽花が綺麗だと思います。

【5202回 屋久島の大雨】
  Date: 2019-05-20 (Mon)

林芙美子さんの小説「浮雲」の中の屋久島の描写で雨の情景が印象的に表現されています。

『屋久島は、月に35日は雨が降る』という表現でもわかるように雨の多い地方だと言うことで有名です。

今でこそ、観光の島として明るいイメージがあるかもしれませんが、大自然に覆われた屋久島は、時には厳しい印象を与えます。

鹿児島県屋久島町で、大雨による土砂崩れのため300人が孤立している映像が何度もテレビから流れていました。24時間に446ミリの雨を観測。

登山者ら全員が19日夕までに、無事下山しましたが「生きた心地がしなかった」と語っていました。

ヘリコプターによる救助が検討されましたが、天候が回復しないことなどから、県警が先導する中、陸路で下山したそうです。

登山者たちは、観光名所の縄文杉へと向かう登山口や、国の自然休養林「ヤクスギランド」などへ向かう道路沿いなどに足止めされました。

観光バスの車内や小屋などで一夜を過ごしたそうです。(バスなど11台が立ち往生)

警察、消防、自衛隊も救助活動に加わり全員が無事下山しました。

私達が2010年10月8人でいった屋久島のレポートです。

「2010sankokiroku/101021osaka-yaku.html」

アドレスをコピーしてからクリックすると、山行記録がご覧頂けます。屋久島は天候次第で楽しみ方が変わってきます。

滞在中やっぱり雨に遭いました。でも楽しかったよ!

【5201回 銀婚式に招かれて】
  Date: 2019-05-20 (Mon)

姪っ子夫婦が結婚25周年を迎えました。

おめでとうと言うと「いやいや金婚式を迎えたおばちゃん達には叶わないよ」と照れる。

銀婚式を迎えた姪っ子は50歳を超えてナースとして働き盛り。私にもあんな時代があったなぁと・・・

彼女が子育てをする頃に、育児休暇などの制度はなく、仕事を続けようか迷っていて相談を受けたことがありました。

経済的にも余裕がないため「時短を申し出てパートに切り替え続けるべし」とアドバイスをしました。

幸い勤務する病院に託児所があり通勤する車の中で聴かせる絵本の読み聞かせテープを私が作った記憶があります。

その娘もいまは美しいお年頃となりました。

姪っ子の25周年のお祝いはビデオテープをⅮVDに変換したもの2本・・(たったそれだけ?と言うことなかれ)

父親が娘から貰った小学校6年生の時の作文「お父さん」の挿入された本人も忘れていたビックリの代物です(笑)

遅ればせの母の日プレゼントと言って姪っ子とその娘からプレゼントを貰いました。思いがけない贈り物にちょっとウルウル。

今では辞めずに勤めていたからこその職場での「新人ナースの指導係」として頑張っています。

「持続こそ力なり」です。

【5200回】 ピンピンコロリ
  Date: 2019-05-18 (Sat)

埼玉に住む幼馴染から「採ったどぉ〜」と破竹を腕にドッサリ抱えた写真が送られてきました。

そうだわぁ・・今頃は河原には破竹(タケノコの一種)が生えている頃です。懐かしいなぁ・・

そう言えば父親が死んだのはタケノコの時期だったなぁ。しかしあっけない最期だったなぁ。

いまでこそ「ピンピンコロリ」という言葉が理解できますが昔はハテサテ何の事か?

私の父は「今夜はタケノコ飯が・・・・」と言葉の途中で逝ってしまいました。

もう60年も前の話で私が10歳の時です。あっけないと言えば本当にあっけなく!

縁側で私と話をしていて突然後ろに倒れたのです。何の前触れもなくです。

会話が途絶えたことで不思議に思い「お父ちゃん、どうしたが?」と声を掛けたと記憶しています。

事の重大さは母親を呼びに台所に行って初めて理解できました。

母が「おんちゃんを呼んできてっ!」と叫び、私が親戚のおじさんを連れてきてから大騒ぎとなりました。

本人は「ピンピンコロリ」、周囲は「オロオロドキドキ」でした。

通夜・葬儀は嬉しくてたまりません。滅多に会わない親戚が一堂に集まったんですから嬉しかったです。

「盆と正月が一度にやって来た」状態でした。(10歳ですから・・・ね、許してやって)

葬式は土葬のため山の中腹にある墓所まで村の人達が担いで上がってくれました。

深く掘った穴の中に静かに棺が下りて行きました。母は墓所には行かない習慣みたいでした。

パラパラと土を掛け、あとは無造作に埋められてしまいました。

こんもりと土の山が出来て、土の中で棺が朽ちて平坦になれば墓石を建てるのです。

それまでは河原の石を拾い墓石の代わりにするのです。

河原の石を拾って持って帰ったらいかんと言われたのは多分墓石のイメージが強いからかも知れません。

今でも綺麗な石を見つけても決して持ち帰ることはありません。

墓石を作るとき、母は酒好きだった父のためにひょうたんと盃の絵柄を彫りました。

近所の人は母の事を「墓石に絵を彫ったりして・・」と白い目で見ました。

いまは墓石もカラフルになりましたが昭和30年代に流行の先端を走っていた母を誇りに思っています。

【5199回 総会を終えて】
  Date: 2019-05-17 (Fri)

「異議な〜し!」会場一致の声・・・。

その声に何度も異議申し立てはないのか、それでいいのかと問いかけました。

2年間の苦労からやっと脱出したと思ったのですが再任と言う結果になりました。

1期2年また苦労の始まりです。こういう役職はひとりでも多くの人に経験して貰う事が大切です。

「時がきたら 誇りをもって 脇にどけ」これが私の好きな言葉だったのですが脇にどくことが出来ませんでした。

地域の役職に付く人達は高齢化しています。せめて「75歳勇退」の定年制を提案したい。(保護司の定年は75歳)

次の世代を作ってこそトップに立つ人の功績が残るのだと思います。

私の山の相棒曰く「儂は多くの人に山のノウハウを教えてきた。俺の弟子として姫もまあまあ一人前になった。」まだ話は続きます。

「しかしなぁ・・リーダーではない。何故ならば弟子を育ててないからな」

おっしゃる通りっ!その通りの言葉が地域の団体に当てはまります。一生懸命活動してはいるのですが引き際がない。

何故ならば定年制がないから。いつまでも会長という名のもとに「便利屋」みたいに奉られているのが現状です。

「次世代にバトンタッチのための1期2年」そう思って引き受けました。頑張るしか無いね。

市会議員や府会議員の選挙なら「お願いします!、お願いします!」と連呼し、当選を涙して喜ぶ。。

しかしボランティアは無給で、成功して当たり前、失敗するとボロッカス(笑)

こんな割に合わない仕事・・・何で引き受けたんだろう・・・

いつもは穏やかな顔のポッチーの顔が報告した途端、鬼となりそうで・・・こわい(笑)

【5198回 圧巻だわぁ】
  Date: 2019-05-16 (Thu)

中之島バラ園の写真集が完成し、アップしました。

表紙の「中の島バラ園」をクリックして頂きますと100種類のバラをお楽しみいただけます。しかも名札付き・・・です。

靭公園にはなかった「プリンセス・アイコ」のバラもありました。どれがそうなのか探してみて下さい。

100種類のバラの中にトゲだらけのバラが一輪・・見つけてみて下さい(笑)

さて、5月16日は保護司会の総会の日となりました。私の会長としての2年間にピリオドを打つ日となりました。(ホッ)

多くのスタッフの理解と協力、それに私の仲間に助けられて成し遂げられたと心から感謝しております。

「好きでやってんとちゃうか〜!」そういう人がいたら、ぜひ会長に名乗りを上げて下さい。いまならまだ間に合います。

前職の会長が、ヒョウヒョウとこなしていたので私も簡単に引き受けましたが、前職の会長は能力があったればこそのヒョウヒョウだったのかもしれません。

私は、この2年間アツプ、アツプでした。

観察所の会議では納得がいかなければ新米であろうがなかろうがお構いなく異議を申し立てるので「文句たれの此花」で有名になりました(トホホです)

事務処理の仕事は副会長時代からやっていたので、そう苦ではありませんでした。しかし観察所に出かけたり外部の会議に出たりと・・・大変でした。

自宅のパソコンでデーターを作り、メールで保護司会事務所に送信し処置をする、さながら自宅の一室は保護司会分室みたいでした。

しかしそれも今日の総会で役員改選となり、お役御免となります。私のスケジュール表には、予定の無い空白が多くなることでしょう。

研修会用、総会用、懇親会用とそれぞれの挨拶文を用意して行ってまいります!

【5197回 中之島バラ園】
  Date: 2019-05-14 (Tue)

「区長と歩こう」のイベントで靭公園に皇室ゆかりのバラを見に行ったばかりだと言うのに中之島にあるバラ園が気にかかります。

空を見上げれば曇り空で太陽が出そうにありません。「よっしゃあ!シャツターチャンスだ!中之島公園へバラを撮影しに出かけよう!」

朝7時28分のバスに乗り大阪駅から歩いて中之島バラ園まで行きました。はやっ!

北新地の早朝はまるで廃墟です。前夜のゴミが店先に山の様に出されていてネオン輝く夜の新地を想像することはできません。

レンガ造りの中央公会堂を見ながら、わずかな時間で公園の入口に到着しました。

中之島のバラ園には、約310品種・3,700株のバラが華やかに咲き競っていました。

早朝のため人影はまばらです。

犬の散歩をする人、サラリーマンらしい人が時折急ぎ足で通過して行かれました。

「平日は空いてるね」そう思ったのは束の間で、みるみる人が溢れて来ました。ほとんど外国からの観光客の様です。

バラの前でスマホを自分に向けてかざし記念撮影する人、バラの花に手を触れて匂いを嗅ぐ人、カメラに収めると言うより、スマホに収める人が多かった様に思います。

本格的なカメラを持っている人は静かに熱中してバラと向き合っていました。

310種類も咲いているので全部は回り切れなかったのですが満開のバラと出合えて嬉しかったです。

帰りもまた梅田まで歩いて、いつも行く店でランチを食べることにしました。

「バッテラはないよねぇ」この店は居酒屋なんですがバッテラの美味しい店なんです。しかしメニューから消えてしまっていたのです。

ランチの注文を終えて待っていると「バッテラあります」って・・・もっと早く言ってよねっ!って言うか、いつから復活したんじゃい〜?

あまりのうれしさに2皿も頼んで後悔しきり・・・満腹過ぎて歩かれへ〜ん!

早速バッテラ愛好者にメニュー復活を知らせ「次回食べに来てね」と写真を送信・・・。

次は城北にある菖蒲園を訪れてみたいと思っています。

何か趣味変わった?いえいえ、ジョンのカメラマンの血が騒ぎ出しただけです。

【5196回 春から夏へ】
  Date: 2019-05-14 (Tue)

ホームページの表紙が「ぼたんの花」から「バラの花」に変わりました。

お気づきでしょうか? 気づいて頂けると嬉しいです。 

靭公園には皇室ゆかりのバラが植えてあり今が見頃です。(雨が降るとバラバラになり終わり〜)

「プリンセス・ミチコ」「プリンセス・マサコ」「プリンセス・ノブコ」と表示されていて探すのも楽しみのひとつ。

とりわけ美智子様のバラはかなりの広さで植えられており今迄の功績が伺えます。

そっと「ハチキン・ミチコ」のバラもしのばせておきました。名前もミチコだし、それ相応にトゲもあるし〜(笑)

靭公園からのバラ園の帰りに、四貫島でバスを降りて、八百屋に立ち寄りました。

かねてより「山蕗」を注文していたのですが「まだ早い」と、なかなか入荷しませんでした。

フラリと立ち寄ると、なんと山蕗が店先に並んでいるではありませんか!。「あっ!入ってるやないのぉ!」そう言いつつ2s(10束)購入しました。

ウオーク帰りで疲れてはいるものの、軍手をはめて蕗の産毛の掃除を済ませ、あく抜き作業などの行程があり、食べるまで、なかなか大変です。

日曜日の朝から「うららちゃんレシピ」に沿って長時間煮込み完成しました。炊きあがると山盛りあった山蕗は半分以下の量になってしまいました。

しばらくすると四万十の友から破竹とえんど豆が送られてきました。待ってましたよ!

毎年この時期に四万十から届く宅配便で春を感じ、イタドリや山蕗で故郷を想いながら、春の終わりを感じて・・・そして夏を待つのです。

- Sun Board -