2022.09.05
近鉄・橿原神宮前駅~石舞台~祝戸~栢森~芋峠~千股~近鉄・大和上市駅
 曼珠沙華ウオークの下見と称して橿原神宮前から石舞台にコース作りに出掛けることにしました。どうせならメンバーにも声掛けしてみようと言うことで下見と言う名の本番となりました(笑)
 石舞台から持統上皇行幸の道に入り傍らに佇む名所旧跡を楽しみながら芋峠を通り上市を目指す予定です。上市集落からは行幸の道を外れ近鉄大和上市駅にゴールする予定です。
 『藤原宮から飛鳥川を遡り、芋峠を越えて吉野町宮滝に至る道。大海人皇子(のちの天武天皇)が壬申の乱の直前、近江から飛鳥嶋宮を経て吉野入りした際もこの道を通ったとされています。その後、皇后ウノノサララノヒメコは、夫(天武天皇)の死後、持統天皇となり度々吉野を訪れたとされています』 
 大阪阿部野橋から近鉄電車に乗り、のほほんと過ごしていたら「古市駅で後ろ4両を切り離しします」とアナウンスがあり慌てて車両を移動しました。
今回は集合時間ミスで靖ちゃんを長く待たせてしまいました(ごめんなさいね)
 バスは1時間に1本と不便なためタクシー利用して石舞台で下車して驚きました。有料になっていたのです。以前は自由に出入りできていたのにとブツブツ言いながら展望台まで上がると何と良く見えるじゃありませんか。朝のフルーツを頂き石舞台を眺めて予定のコースへと進むことにしました。 
 石舞台古墳は、 奈良県明日香村にある古墳時代後期の古墳です。 国の特別史跡に指定されています。元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていましたが、その土が失われ、巨大な石を用いた横穴式石室が露出しています。埋葬者としては蘇我馬子が有力視されているそうです。  
 標識を確認しながら祝戸荘へ。
 国営飛鳥歴史公園(明日香村)内の宿泊研修施設「祝戸荘」の運営管理者に、星野リゾート(長野県)のグループ会社を選びました。祝戸荘は、新型コロナウイルス禍で利用客が急減、今年2月から休館しています。祝戸荘は、石舞台古墳に近い同公園祝戸地区にある園内唯一の宿泊施設です。 
 山歩きをしていると季節を感じます。今回はイガ栗と、色付く前のミカンや赤米の穂が秋の訪れを知らせてくれました。次にお目見えするのが稲渕棚田です。熊野古道の丸山の千枚田の様に雄大ではありませんが「なるほど」と思える棚田風景が楽しむことができます。
棚田が美しく連なり、秋には稲穂と彼岸花のコントラストの美しさを楽しめるそうです。棚田のビューポイントは湾曲した棚田と彼岸花を配し、正面に歴史を物語る「神奈備山(かんなびやま)」と共に眺めると最高らしいです。(彼岸花はまだ咲いていませんでした)
 明日香という地名が万葉の世界に誘ってくれるのか持統上皇にならい 『春過ぎて 夏来にけらし 白たへの 衣干すてふ 天の香具山」』 と詠んでみたくなるような風景でした。 
 栢野森綱かけ神事((かやのもりつなかけしんじ))
 勧請縄は地域の境に張られる注連縄で地域の外から入ってくる悪しきもの(疫病や災厄)を追い払うための結界のようなものです。明日香の勧請縄は飛鳥川の下流の稲渕地区の男綱と上流の栢森地区の女綱が対となって張られていることでよく知られています。綱掛神事は明日香村稲渕と栢森(かやのもり)に伝わる神事です。稲渕は「男綱」、栢森は「女綱」がかけられます。子孫繁栄と五穀豊穣を祈り、飛鳥川と道路をまたいで綱を渡し、悪疫が川や道路をとおって進入することを押しとどめ、住民を守護するための神事です。
 とび石
 石舞台古墳を見た後、九十九折りの坂道を歩いて行くと「あすか川 飛び石」と木柱に墨で書かれた立看があるはずなんですが私は見落としました。その飛び石は両側が田んぼに囲まれた、小さな小川、川には斜めに横断するように8ケの石が配置してありました。 
 さてさて登山道に入る前に昼食を取ることにしました。日陰を探しどっこらしょっと腰を下ろし駅で買った大好物の柿の葉寿司を頬張り午後の出発です。 
 芋峠とは、飛鳥と吉野を結ぶ古道にある峠です。 大海人皇子(のちの天武天皇)が壬申の乱の直前、鸕野讃良皇女らと共に 近江から飛鳥嶋宮を経て吉野入りした際もこの道を通りました。これから始まる吉野での隠遁の生活や壬申の乱の不安を背負いながら、歩いたのでしょう。持統女帝は、夫である天武天皇が亡くなってからも、夫との思い出の吉野へ、この峠を越えて30回あまりも訪れたと言われています。 
 道中には行幸の再現イメージのポスターもあり当時の様子を伺うことができました。途中には石垣も残っておりこのあたりに茶屋があったのだと想像ができます。このコースは標識が少なくあまり登山者が利用していないように見受けられました。 
 芋峠山頂を踏み、迷うことなく竜在峠に行こうと前進しました。竜在峠は古来から多武峯から吉野への金峯山詣や花見に通われた峠道だそうです。見上げると長くてきつい斜面が目の前にドカーンと立ちふさがるように私達を待っています。トラロープが張られておりロープを持つと、毛ばだって痛くて手袋なしでは掴めません(劣化しているためらしい)。かと言ってロープを掴まずには進めないほどの急登です。やっときつい急登を登り終えましたが地図を確認したところまだまだ先が長くて持統上皇行幸の道ではないため、もう一度急坂を下ることにしました。膝に力が入り何としたことか両足が攣って歩けなくなりました。すぐに「ツムラ68」を飲み、回復を待ち再び遅れを取り戻そうと必死に下りました。
  軌道修正したと思われた道は途中で崩落しており進むことはできません。さてさてどうしたものかと思案し藪漕ぎをすることにしました。大木の間をすり抜けて下りるのは苦になりません。日頃から訓練していた賜物です。GPSの表示もコース上を歩いていることを確認しています。但し沢沿いの道は険しくて時には沢の中を歩き、時には高巻きしながら体力の限界を感じました。 でも誰も弱音を吐く者はいません。時は午後3時を過ぎているのですが出口らしい場所には行き着きません。萱に顔や手や首を引っ掛かれながら時には植林の網を掴みながら苦しい時間を過ごしました。「踏み跡があります!」道間違えしていたとしても誰かが通過した跡があります。何とか行けるぞ・・・午後4時が過ぎて更に30分過ぎた頃、板で作った橋が出てきました。「よし!人が作った橋があるということは出口に出られる!間違いない!」そう確信し4時55分・・・林道に出ることができました。遭難寸前です。林道にヘナヘナとへたり込み、さてここからどのようにして帰るのか思案していたところ軽自動車が通過しました。そして次に和歌山ナンバーの運命の軽トラックに手を挙げて民家のあるところまで乗せて貰えないか交渉しました。「いいですよ」地獄に仏とはこんな時に使う言葉ではないでしょうか!助手席にひとり、トラックの荷台に3人が乗り、もし警察に呼び止められたら「人命救助」だと言おうと話合っていました。軽トラックに同乗できていなければ6、5kmの道のりを歩かねばならないところでした。
junkoさん 姫さん 靖っちゃん JON
上比曽の交差点で丁重にお礼を申し上げて軽トラとお別れして しばらくは全員グダグダです。
此処から大和上市駅まで約2.5km疲れた体だと 45分は歩かなければなりません。
「バス停ないかなあ」「バス停は有るけど運行してない」  「タクシー来ないかなあ」「来るわけないやろ」 「ここまで降りたら遭難の心配は無い 頑張って歩くぞ」
「あーあー。ミスした張本人が一番元気や…まあ頑張ろうか」
上市駅まで45分、黙々と歩き午後6時15分発の橿原神宮行の電車にのることができました。
泥だらけの靴や泥だらけの衣類が苦しかった山行を物語っていました。泥は勲章です!
今回の教訓
 その①
 行動食は全部食べきるのではなく、ゴールまで何か一品は残しておく習慣を付けたいと思いました。万が一、ビバークとなれば生命を繋ぐ大切な食糧となります。今回は幸いに「干し柿4個、ヨモギ餅5個、柿の葉寿司2個」が残っていましたので一晩なら何とかなります。簡単なハイキングと思っていてもゴールしても残っているレーションが必要だと痛感しました。
 その②
 ハイキングでも2mのスリングは携行すること。藪漕ぎの時2m×人数分があれば危険個所通過時に役立つし安全である。
みんなの感想
 ●JON
 昨日は皆さんを大変な目にあわせてしまいました。ご容赦くださいませ。今朝から地形図を元に色々検討しておりますが 滝畑を目指すのを止めてよかったと思いました。此処のところ山行途中で足が攣ったり息が上がったり、標高300mほどの丘に上がるのも四苦八苦でした。今回は火事場の馬鹿力と言っても過言では無いほど体が動きました。もう少し山を歩けるかなと思えるほど元気回復です。
 帰りの電車で足を組んだらズボンの裾から靴下、登山靴までドロドロでした。間髪入れずに隣に座る姫から「あかん足おろし、汚いやん」……すんません
 ●Junkoちゃん
 新しい靴がピッタリ合ってストッパーが効きあの急な上り下りを皆様の助けを受けつつ、ついていけたことに感謝します。姫さんをして「人世初めて藪ぎ」は今年のハイライトと楽しめている私に安心してください。ジョンさんありがとうございました。帰りは宝塚駅からタクシーです。帰宅後は自分でも以外と元気、することをして眠りにつくことが出来ました。今日は朝から洗濯、大丈夫かな台風。
 ●靖ちゃん
 みなさん、お疲れ様でした。無事20時45分我が家に辿り着きました。 よくぞ無事に… あの靴での藪漕ぎ… ビバーク覚悟で必死でした 林道に出た時の嬉しかった事 皆々さんに(軽トラの兄ちゃん)感謝感謝です ありがとうございました。
 ●ひ め
 遭難スレスレのスリル満点の石舞台~芋峠登山お疲れ様でした。「弱音を吐かない、愚痴らない、諦めない」の根性ある皆様には敬服しました。足が攣り動けなくなったとき傍で励まして下さった事を思い出して昨晩は興奮して眠れませんでした。熊野古道で何度も藪漕ぎ体験しましたが今回の藪漕ぎは・・人生初めての試練でした。また皆様との絆が深くなりました。16時55分・・林道に出た瞬間、安堵で倒れ込みました。そして軽トラックのお兄さん…どれをとっても人生初の山行でした。ありがとうございました。
 ●留守番隊のポッチー
  今日は病院です。懐かしい所の写真有難うございます。あの頃の景色が思いだされます。暑いですから熱中症に気を付けて楽しんで下さい。
 
終わりに
 私達は「引き返す」と言うことを嫌います。道に迷ったとしても前進あるのみです。
当初の計画「滝畑ゴール」を変更して良かったと思っています。藪漕ぎをして沢を下らずに芋峠まで戻りアスファルト道に降りた方が楽だったかも知れません。芋峠から大和上市駅までは8kmでしたまた軽トラに乗せてもらった所から大和上市駅までは6.5kmでした。6.5kmと言えば1時間30分くらいで歩けるのですが昨日の残力ではとてもとても。
 軽トラの西山建設さんにただただ感謝です。吉野町のコミュニティバスの停留所に上千股、中千股、とあり大和上市駅に行くバス停はあるのですがまったくバスの姿を見ていません。
今回はあわや遭難するところでした。時間は押し迫り日暮れも早くビバーグ覚悟なのかと一瞬頭の中をよぎりました。