倉吉 白壁土蔵群と赤瓦の街並み 2019.05.23

大阪から「湯快リゾート三朝温泉行き」のバスを利用して三朝温泉・斉木旅館に宿泊しました。湯快リゾートの中でもバイキングではなく会席料理で値段も倍ほどする高めのお宿です。しかしバス料金が片道500円と言うお得感で合計すれば・・・差し引きゼロどころか、お釣りが出そうです。まず到着したらタクシーをチャーターし倉吉のまちへ繰り出すことにしました。

倉吉市は、情緒ある伝統的な町屋づくりの商家と白壁土蔵が並び人情味豊かな温もりと数々の魅力溢れるまちだそうです。レトロな町並みの白壁土蔵群と赤瓦が残る素敵な所で、カメラマンにとっては腕の鳴る街並みの様です。のんびり回っても1時間程度、かなり観光地化されていて観光バスが何台も停まり、ここにも外国の観光客が、はびこっていました。
季節外れの灼熱の太陽の洗礼を受け早々に引き上げて三朝温泉でゆっくり、のんびりとお湯につかり夕食の時間を待ちました。

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 三朝温泉の湯は、高濃度のラドンを含む世界屈指の放射能泉です。ラドンとは、ラジウムが分解されて生じる弱い放射線のこと。 体に浴びると新陳代謝が活発になり、免疫力や自然治癒力が高まります。 これが自慢の『ホルミシス効果』だそうです。
  横綱 「琴櫻」 の銅像前で  
1940年11月26日に、鳥取県倉吉町の借家地で警察官の子として誕生する。倉吉町立成徳小学校を卒業後、倉吉町立東中学校時代に実父から柔道を仕込まれ、本来は中学生では取得を認められていない段位を特例で認めてもらうほどの腕前にまで上達する。柔道の全国大会のTV中継を見てその才能を見出し、そうして鳥取にやって来た佐渡ヶ嶽親方から熱心に勧誘されたが、周囲に反対されるもののどうにか了解を得て佐渡ヶ嶽部屋に入門、1959年1月場所に初土俵を踏んだ。卒業まで3ヶ月程残っていた鳥取県立倉吉農業高等学校には、特別に卒業扱いにさせて貰った。
四股名は番付に初めて載った時は本名の「鎌谷」だったが、関取昇進時に「琴櫻」へ改名した。これは佐渡ヶ嶽の現役名「琴錦」に、故郷にある「打吹公園」が桜の名所であることから付けられたもの。番付では琴櫻と書かれ、“琴桜”と書かれたものは存在しないが、本人はサインなどでは「琴桜」と書いていたという。師匠たちに目をかけられていたため兄弟子たちからの僻みもあったが、毎日午前3時には土俵に降りて猛稽古に励んだことで力を付けていった。
 
街の隅々まで歩いても2時間もあれば撮影に十分です。訪れた時には ゆくりとご自身の目でお楽しみください
夕食は豪華に創作懐石です
湯快リゾートはバイキングが主流ですが私達の泊まった斉木旅館は格式があり、今迄の湯快リゾートのイメージを払拭しました。出迎え後はロビーで茶菓子の接待を受けながらグループごとに部屋の説明を受け夕食は個室にて会席料理となっておりました。「こりゃあ値段が倍ほどするはずだ!」
しばし優雅なひとときを過ごしビールやイチゴ酒のおかわりをしてほろ酔い気分で就寝しました。  
 明日は7時半から朝食、8時にタクシーを待って三徳山三佛寺 投入堂に向かいます