安全なクライミングを目指して
日本フリークライミング協会の記事より引用させていただいております。
クライミングは危険をともなうスポーツです。
90年代初頭、クライミングが急速に普及し、日本の各地に公共、民間を問わずクライミング施設が数多く作られるようになってきた頃、多くの関係者が「クライミングは、ルールを守っていれば安全なスポーツである」と語っていました。その言葉に影響を受けた方の人数は相当数にのぼるでしょう。その結果、クライミングは多くの方に、危険な活動ではなく危険な香りのするスポーツまたはレジャーとして捉えられていったのだと思います。そのことが、クライマーの増加のみならず、各種競技会やイベント、施設の増加などクライミング界の発展には大きく貢献したと言えるでしょう。

特に人工壁は、従来の岩登りやアルパインクライミングに比較すれば、天候やフィールドそのものによる危険がはるかに少ないのは確かです。より危険度の高いスタイルを経験してきた者にとっては、ボルダリングやフリークライミングは、(従来のスタイルに比べて)、ルールを守っていれば安全だと感じても不思議なことではありません。それはあくまでも従来の危険度の高いスタイルと比較した時の話であるにもかかわらず、その言葉を単純に鵜呑みにして、自分が事故を起こすまでその「安全」を疑わなかったクライマーも中には存在します。

また最近の傾向として、次のようなことがあります。まず、以前はクライミングの能力レベルとクライミング中の危機管理能力が比例している場合が多かったのですが、(自然の岩場に比べて極めて安全な)クライミング施設の登場により、クライミング能力と危機管理能力には何の関係も見られない、いわゆる「高グレードを登れるのに危険なクライマー」が増えてきています。

また、最近では「安全のため」をうたう講習会やインストラクターも増えてきていますが、たとえ安全のための講習中でも、それか実技であればクライミングそのものが持つ固有の危険まで無くなるというわけではありません。そのことを、教える方も教わる方も忘れていることが大変多いように感じます。講習会であっても、本来クライミングが持っているさまざまな危険が、少なくなることはあっても完全になくなることはありえないのです。特に自然的な要因による危険などは、常に、誰に対しても同じように存在しています。
さらに、どんなスポーツでも過度におこなえば、なんらかの障害を引き起こす可能性がありますが、クライミングについても例外ではなく、事故を原因としない身体各部位の障害を抱え込むクライマーも数多く見受けられるようになっています。

クライミングにも安全上、守るぺき基本的なルールやマナーがあるわけですが、安全であることが強調されるあまり、それらがおろそかにされる傾向があるように思われてなりません。また、本冊子の事故例を見れば分かるように、クライミングは仮にルールやマナーを守っていたとしても、何か起きても不思議ではない、危険をともなうスポーツなのです。

そこで、クライミングにはいったいどういった危険があり、過去に実際にどんなことが起こったのかを検証し、少しでも事故や障害が減ってくれればと願い、本冊子を作成しました。
本冊子に掲載されている事故例は単なる事故の記録ではなく、警告であると考えてください。そこから学ぶこともできますし、それを無視することも当然可能ですが、できればそれをこれからのクライミングに活かしていただきたいと思っています。

なお、このような冊子を協会が刊行するのは今回で5回目です。本冊子は2010年に作成した「安全BOOK2」の改訂版にあたります。この冊子を作成するには資金のみならず、多くの方の協力が不可欠です。日本フリークライミング協会(JFA)では他にもボルトの打ち替えやアクセス問題などの、クライマー個人では対処できない問題に取り組んでいます。この機会に一人でも多くの方が、協会の活動に賛同して入会していただければと思います。
また、JFAの団体クライミング保険(SOSCクライミングガード)は1993年の誕生以来、これまで累計2万人以上の方にご加入いただき、クライミングのみならず日常生活の事故に対応してまいりました。この制度は、保険金のお支払いで加入者のお役に立つだけでなく、正確な事故情報の把握にも非常に役立っております。クライミングにも保険が必要と感じた方は併せてこちらへの加入もご検討ください(JFAへの正会員または準会員しか加入できませんのでご注意ください)。

最後にこの場を借りて、過去にクライミングの事故でお亡くなりになった方々には、ご冥福をお祈りいたします。
また本冊子作成にあたって、各種貴重な情報をご提供いただいた方々、そのほかご協力をいただいた多くの皆様に厚くお礼を申し上げます。
篠崎喜信(日本フリークライミング協会理事長)