Yamatabi CLUB
9月20日 日曜日。
お天気は晴れ、朝食を済ませ登攀用具をザックに詰め、ヘッドライトの灯りを頼りにバットレスの取り付きに向けて出発しました。
東の空にはくっきりと明けの明星が見送ってくれています。二俣までの登山道は木の根が張り、岩がデコボコし転倒しないのが不思議なほどの悪路です。ここをひらすら歩き続けます。二俣からの道は大樺沢に沿って登る急登です。一歩一歩刻むようにザレた道を進みます。ふと上の方に目をやるとヘッドライトの灯りがチラホラと見え隠れしています。私達よりも早いパーティがいるみたいです。ようやく夜が白々と明けて来る頃、北東の空に鳳凰三山がくっきりとシルエットを浮かべます。このころからやっと歩きやすくなり、はやる胸のときめきを押さえつつ取り付き点である、Bガリー大滝の下部へと到達しました。
早朝4時バットレスを目指します 周りのテントはまだ静かです 空模様を見るリーダー 東の空は快晴です
既に順番待ちのパーティが2〜3組いる様子です。
「これは1時間待ちだな」リーダーの声が響きます。
ハーネスなど装備の装着をする間も足場の小石は音をたてて崩れていきます。狭くて足場の悪さと言ったら今までに経験したことがありません。
後から来た6人のパーティが動くたびに落石を起こし、リーダー格の人が注意を促していました。するとその中の一人が「ハーネスとギヤーを忘れた」と青ざめていました。リーダーの下した決断は「全員登攀中止」でした。
何とした事でしょう!。此処に来るまでには幾多のトレーニングも積み重ねたことでしょう。今日も早朝から、苦労してここまで登り、やっと辿り着いた取り付き点で、たった一人の不注意ために6人全員が登攀を中止、下山をしていきました。
何か方法は無かったのでしょうか。ギアを忘れたクライマーの今後が気がかりです。
スタートするリーダー リーダーをビレイ 後続のメンバー かずよちゃん
いよいよ私達の順番がやってきました。ジョンと私は2番目に登攀させてもらうことにしました。もし私にアクシデントが発生した場合は後に続く会長組がフォローして下さる手はずになっています。晴天に恵まれ朝陽が照り返す岩にそっと手を当ててみました。かすかな鼓動に似たものを感じます。
「あんたの腕ではちょっと早いと思うが頑張って見るか!?」
バットレスの岩肌がそう言っているように聞こえました。 Bガリー大滝の下部岸壁は2ピッチで登ります。
 会長・今村組 ジョン・姫組 
潅木の中を行く 4尾根スタート地点 後ろには富士山 天気は最高 ジョン・姫組  リーダー
「ラクーッ!ラクーッ!」
待っている間にも大きなコールと落石が何度も何度も繰り返されていました。登攀していてはじめてその原因がわかりました。岩壁の小さな窪みや割れ目に岩屑がたまっているのです。ロープが動くたびに岩屑を叩いて落石を引き起こしていたのです。その度に岩に身体をへばりつけ落石が当たらぬ様に登攀を続けました。想像していたよりもスムーズに登れる自分がとても心地よく、Bガリー大滝の下部岸壁はあったいうまに終わりました。そこからは袈裟懸けにロープを束ねコンティニュアスで第四尾根取り付き点を目指します。草付を急登、樺の中をすすみ、Cガリーの涸れ沢を渡ります。田中村上組は取り付き点直下の2ピッチを攀ります。私達と会長組は潅木の中の踏み跡を急登して取り付き点を目指します。
アプローチでさえこんなにきついのに登攀になったらどうなるのか、まだまだ不安が払拭できません。
「がんばれ。ここを登り切ったら富士山が見えるぞ」
ジョンがそう言って元気付けてくれます。またまたそんなこと言ってホンマかいな。
北岳バットレス第四尾根の取り付き点は小さなテラスになっていて、そこには2組のパーティが順番待ちをしていました。
八本歯のコルの向うに大きく富士山が山容を浮かべています。ジョンの一言は冗談ではありませんでした。振返れば鳳凰三山の稜線、地蔵岳のオベリスクもはっきりと見えます。その奥には八ヶ岳連峰、主峰の赤岳や蓼科山までうかがえます。眼下に目を下ろすとベースキャンプの白根御池もはっきりと見えます。昨日バスを降りた広河原確認できます。辺りの風景を満喫している間に私達の登攀順になりました。
いよいよ第四尾根の登攀開始です。
●1ピッチ目
最初の核心部とも言えるクラックのある岩。「セット完了、いつでもどうぞ」ジョンの声がトランシーバーから聞こえます。
「了解。よろしく」一声かけて取り付きます。
ハンドジャム、フットジャム、レイバックを駆使して登ります。ここを乗越してしまえばあとは楽々。ピンに架かったクイックドローやカムを回収しながら
周りの景色を楽しんで登ります。やがて青葉の輝く樹木の下の終了点に到着。

池山吊り尾根越しにくっきりと浮かぶ富士山
●2ピッチ目
上部の樹木を左から巻いて岩棚の上に上がります。
東京から来たというクライマーが休憩しているところをすり抜けて行きます。
「お姉さんのほうが早いねえ」 「ありがとうございます」
会釈を返して登攀続行。終了点手前の岩に体を預けて富士山をバックに記念撮影。
●3ピッチ目
ホールドもスタンスも沢山ある岩肌を登ります。傾斜もそうきつくは無くルンルン気分。ただ右手に中央稜の下部が大きく口を開けていてちょっと不気味。岩の下側に終了点があるが其処を過ぎて自己ビレイをとる。
●4ピッチ目
出だしは、少し被ったような感じ。ホールドがしっかりしているため難無く登れる。快適に登れるため思わず笑みがこぼれる。終了点についたらリーダーと村上さんが待っていてくれた。
4ピッチ目終了後しばらく順番待ちのため休憩 4〜5ピッチ間のテラスから見た鳳凰三山
●5ピッチ目
ここは二つ目の核心部。短いが前傾している。ここは直登するルートと右から巻くルートがあるようだが、右から巻くと簡単だが足元が切れ込んでいるため恐い感じがすると聞いたため直登コースを行く。リーダーがチョークで印をつけてくれた箇所に手を置き、足を置くと急な壁に立てる。左側のクリップを一つ外し、二つ外すと壁の上部に架かっている残置シュリンゲを掴んで体を引き上げた。左手でその奥にあるガバホールドを掴むと楽に乗越せた。後はウマの背を登っていく。ジョンから無線で「右側や左側の景色を楽しんでおいで」と声がかかる。
左を見れば八本歯の頭にコルが伺えその向こうに大きな富士の山塊。左側を見れば三尾根の右下に白根御池。やや後方に地蔵岳、観音岳、薬師岳が見えその奥に八ヶ岳連峰。すごいなあ。5ピッチ目の終了点はマッチ箱の頭の少し下。かつてはマッチ箱と呼ばれる四角い岩が有ったらしいが今は崩落してとんがり帽子の頭があるだけ。
終了点で自己ビレイをとったあと、懸垂下降の用意に入る。数本の残置シュリンゲと2個の残置カラビナを利用してロープをセットする。姫のATCにロープをセットしておいて一本ずつそおっとロープダウン。フレンチノットでバックアップをとってセット完了。セット再確認後自己ビレイを外してラッペル開始大きく口を開けたクラックを過ぎると一枚岩の垂壁。上を見れば真っ青な空、下を見ればピラミッドフェースのスラブ。こんな空間に身を置く自分が信じられない。

8ピッチ終了後懸垂下降するリーダー     ↑懸垂下降終了後6ピッチのビレイにはいる     ↑第4尾根の左手にのびるピラミッドフェース
●6ピッチ目
右側のマッチ箱の頭から落ちている垂壁の下は深く、大きく口を開けている。
その際のスラブを登っていく。
多少ツルッとしているが靴のフリクションがよく利いているため快適に登れる。
下部にはピンが多くあるが、上部にはピンが少ない。
終了点直下のクラックはフットジャムとハンドジャムで登ったがカムもピンも無いこの間を登るリードは怖かったやろうなあ。
そういえばリードのジョンが登るとき
「あかん。合うカムが無いってわめいていたなあ」
やはりカムの威力は凄い。フォローで回収しながらつくづく思います。
保塁岩でジョンが落ちたときも、カムが利いてジョンの体を確保してたなあ。
高いなんて言わんと揃え様かなあ。
●7ピッチ目
ここからは少し登って左にトラバースして枯れ木のテラス直下の岩溝を登るルートを探ることにした。。
先行するリーダーのパーティは直登している。後続の会長のパーティも直登するようす。
10mほど行って「クイックドローをもらうのを忘れた」
ジョンが叫びます。
先ほど回収したギアは私が持っていて返していなかった。
「カラビナとテープシュリンゲで行くわ」
そう言いながら進んでいく。岩溝に入ると両方の壁を跨ぐように登っていく。2箇所ほどカラビナが架けられたため無事に枯れ木のテラス到着。
今度はこのルートを私がフォローで登っていく。岩溝を跨いで登っていくとき足が届くか少し心配だがそんなことを言っている場合じゃあない。
このピッチが終われば、あとは8ピッチ目だけを残すだけ。
←7ピッチ目を行く先行パーティ
●8ピッチ目
これが最終ピッチになる。
枯れ木のテラスの岩溝を跨いで取り付く。ここでクイックドローを回収。
岩こぶを越えると傾斜のゆるい岩の壁が続く。立ったまま歩いていける。そのまま進んでいくと横に長く深いクレバス状の岩溝が口をあけている。落ちたら大変。深く落ちて岩角に引っかかったらあげられないかも知れない。
右にとっていけばだんだん狭くなってチョックストンが掛かっている為渡り易くなるが、ここは思い切って飛び越えることにした。
「テンションお願いします」
コールするとロープがピンと張った。思い切って飛び越える「やったぁ」嬉しくなって上を見る。
「あとは難しくない。ゆっくり上がっといで」
ジョンの声にそのまま上がっていくとと大きなテラスに到着した。
「わーやったー。さすがバットレス凄かったなあ」
全8ピッチと下部岩壁の2ピッチ。順番待ちを繰り返しながら「さすが〜バットレス〜!」と独り言を叫びながら登攀を楽しみました。他のパーティはビレイヤーとの連絡はほとんど笛か声の合図でしたが、私達は無線を持参し交信しながら登攀を続けました。
時には樹林帯の中を歩き次の岩場に取り付きます。600メートルもある岩壁への必死の登攀で喉もカラカラで声も出ません。
今回は不思議と「あっ、!落ちるかも!」と言う場面には遭遇しませんでした。それどころか、そそり立つ岩場をジャンプする箇所も、わくわくしながらコント55号ではありませんが「飛びま〜すっ!」と言って楽しむことが出来ました。一度だけ懸垂下降を楽しむ場面があり心が弾みました。富士山も姿を見せてくれ、こんなにも間近に見えることに驚きを隠せませんでした。

こうして思いがけない北岳バットレス第四尾根主稜の登攀は快晴のもとで幕を閉じることとなりました。先にゴールしたリーダーが私達を待ち受けてくれており、「よく頑張ったね。おめでとう」と握手をしてくれました。しばらく放心状態の中、空腹である事に気が付き行動食を、むりゃぶりました。3組6人が揃ったところで北岳頂上、三角点との出合いを楽しみ、下山途中の八本歯のコルからバットレス第四尾根振り返り余韻を楽しみながら
テント場に到着したのが午後5時30分、何と朝4時にテント場を出てから下山も含めて12時間30分も岩場や登山道にいたことになります。


 文:美智子姫00000

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