2012.10.25 第6日目  ナムチェバザール滞在  高度順応日 クムジュン散策
ナムチェバザール3446b 高度順応 ナムチェ→クムジュン3780m→ナムチェ 外気温11度。湿度54%

 朝ロッジの窓から見上げると、タムセルク6608mが物凄い迫力で聳えていた。
ナムチェバザールの朝。
昨夜は良く冷え込みました。ロッジの窓ガラスは霜が凍てついていて外がまったく見えません。きしむ窓ガラスを開けて外を見るとタムセルクが昨夜降った雪で白く輝いていました。
昨日は天候が悪かったため景色を目にすることが出来なかったので感激です。

今日は高度順応の日で同じところに滞在です。
ナムチェの町、標高3446bの地点から序々に高度をあげて3780bのエベレストビューホテルまで登っていきます。しばらく行くとトーチェが顔を出しました。とても神秘的です。頂上付近には遊覧飛行用のエアポートやパノラマホテル、ビューホテルなどがあります。


午前11時ごろエベレストビューホテルに到着しました。目の前にはドカーンとエベレストが見えています。展望テラスには多くの外国人がエベレストを一目見ようとやってきています。お茶をいただきながらエベレストの雄姿を堪能しました。
トラに似ていると言われるカンテガ ネパールで一番美しいといわれるアマダブラムの容姿
休憩後はクムジュン(3780b)に向けてゆきます。 
クムジュンはシェルパの里と呼ばれ多くのエベレストアシスタントを輩出しているところです。富士山と同じような標高で生まれながらに生活している彼らは高度障害に非常に強く、今なおクライミングガイドはシェルパ族が多いようです。
シェルパランドで昼食を取りクムジュンでマニ車の大きな物や雪男の頭皮とやらを見に行きました。マニ車とは円筒形で、側面にはマントラが刻まれており、内部にはロール状の経文が納められています。大きさは様々で、手に持てる大きさのものがあれば、寺院などでは数十センチ、大きいものでは数メートルにも及ぶマニ車が設置されています。チベット仏教の場合はマニ車を右回り(時計回り)に、ボン教の場合はマシモ車を左回りに回転させると、回転させた数だけ経を唱えるのと同じ功徳があるとされています。クムジュン村はどの家も裕福層で山間ののどかな村でした。生活はシェルパー族はヤクを飼い(メスはナク。オスをヤクと呼ぶらしい)男はみなシェルパーの仕事をしており生活は豊かそうでした。エベレストに初登頂したヒラリー卿が設立した、世界でも最高地にある学校もありました。ここまではメンバー全員高度障害もなくナムチェバザールへ戻り観光客でごったがえす土産物屋などをみてまわり午後4時過ぎにはロッジに戻りました。
 マニ車を回しながら山行の安全を祈ります。
クムジュンのゴンパにある 雪男の頭皮を見学に立ち寄りました。
 エベレストに初登頂したヒラリー卿が設立した、世界でも最高地にある学校もありました。
 この日休養日だったポーターたちが迎えに来てくれました。…この人たちって疲れを知らないのかなあ
ロッジと言えば寝具一式揃っていると思いますよね?驚きましたねぇ〜エベレスト街道のロッジはお部屋の提供と食事の提供だけで寝具は付いていないのです。ではどうするのかって?それはね、ルクラの空港からポーターさん達が私達の寝袋を担いで目的地まで行くのです。ロッジに到着すると各部屋に寝袋とインナーと荷物を置き、朝になるとまたそれらを担いで次のロッジまで移動するのです。またハイキャンプになるとテント、食材などキッチン担当ボーイも増えて4人のアタックに10人以上のポーターさんが付いてくれるのです。
最初の夜に与えられた寝袋はゴールの日まで自分専用の寝具となるため、私は自分専用の名札を寝袋につけました。リボンとかの印よりもポーターさんにハッキリとわかる名札がいいですね。私はやまたび倶楽部で作ってもらっていた名札を使用しました。前日誰が使ったか不明の汗くさ〜い寝袋よりスッキリして快適でした。
ロッジの食事はこんなもん
ナムチェバザールのロッジ泊
 この日のコンディション
高度障害はまったく感じません。ただ日に日に食べ物が喉を通りません。此処から先へ進むことへの不安はありませんが、日本の食事が懐かしいです。