007-105
幻のオリンピック開催地・舞洲 ~新夕陽ヶ丘から「おしてるや」の夕陽を眺めながら~
 
 舞洲は世界初の海上オリンピック候補地として名乗りをあげましたが、開催には至りませんでした。時を経てスポーツアイランドとして再生。緑豊かなキャンプ場やスポーツ施設の整った憩いの場として大阪市民に親しまれていますが、そんな舞洲を歩いてみましょう!とくに新夕陽ヶ丘での海の夕陽は絶景です!
舞洲アリーナや幻のオリンピック開催地、オーストラリア出身の芸術家によるゴミ処理場と現実離れした話題満載の舞洲を尋ねてみました。JR西九条駅で下車をして舞洲スポーツセンター行きに乗ります。「アミティ舞洲」のバス停で下車しスタートです。バスを降りるとすぐ目の前に舞洲スラッジセンターがあります。
舞洲スラッジセンターは、下水汚泥を融解処理する汚泥集中処理場です。建物のデザインはオーストリア出身の芸術家のフンデルトヴァッサー氏です。外壁や屋上には木々があり、自然との調和が図られています。場内は遊歩道やせせらぎもあり、一般開放もされていますが祭日のため閉館していました。いくら自然との調和とは言え看板は雑草で覆い隠されており、あまりにひどいので写真撮影ができる範囲にお掃除しておきました。
▲アミティ舞洲
 ここのバス停がスタートになります。ここを出て右へ 次の辻の左斜め前が舞洲スラッジセンターです。ここを左折してセンターの中央部へ、
▲舞洲スラッジセンター
下水汚泥を融解処理する汚泥集中処理場です。建物のデザインはフンデルトヴァッサー氏です。外壁や屋上には木々があり、自然との調和が図られています。場内は遊歩道やせせらぎもあり、一般開放もされています。
 ここを左折して南方向へ 「大阪市環境局舞洲工場」へ向かいます。目前に見えるのが舞洲工場です。
▲環境局舞洲工場
正式名は「大阪市環境局舞洲工場」といい、ごみ処理場です。大阪市内から収集車で運ばれてきたごみは、ピット(幅4 4メートル・奥行き17メートル・深さ21メートル)に集められ、巨大なクレーンで焼却炉に投入。粗大ごみは粉砕機で細かく砕き、鉄やアルミを取り除いてから焼却されます。焼却温度は約 9 0 0度で、ごみは約5時間で完全に灰になります。灰の量は1日約180トンで、そのまま埋立地に運ばれます。ごみ焼却で出たガスはフィルターでろ過し、更に薬品などで完全に無害化してから煙突から排気します。外観が非常にユニークな建物ですが、これはオーストリア出身の芸術家のフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー氏(1928~2000)のデザインです。彼が10歳の時にナチスドイツがオーストリアを 併合、氏の母親がユダヤ系チェコ人だったので、親子はユダヤ人街の地下室で終戦まで暮らしました。戦後は暗い時代を取り戻すかのように旅に出て、自然との調和を意識。自然界には画一的な直線や規格は存在しないという考えから、建物に随所に曲線を活用し、不揃いの窓や柱を並べ、自然環境との融合をイメージしています。
「大阪市環境局舞洲工場」の南側の信号を西へ向かってください。次の信号を渡って左へ進みます。この道は夢洲に続く道ですが現在は歩行者・自転車ともに通行は出来ません。左折してすぐ右に見えるのが舞洲アリーナです
▲舞洲アリーナ ▲舞洲ベースボールスタジアム
大阪市は、世界初の海上オリンピックとして2008年の夏季オリンピック開催を目指していましたが、2001年の国際オリンピック委員会総会での投票で中国の北京市に決定し実現しませんでした。オリンピック開催概要計画によれば、総面積225ヘクタールの舞洲に10万人収容規模のオリンピックスタジアムや大阪オリンピック屋内プール・舞洲ホッケー場・舞洲アリーナ・舞洲ベースボールスタジアムが建設され、また夢洲はオリンピック選手村として活用される構想でした。現在は舞洲アリーナ・舞洲ベースボールスタジアムが実現されています。また舞洲運動場は舞洲ホッケー場の予定地でした。
舞洲アリーナや舞洲ベースボールスタジアムを右に見ながら直進して行くと林の中の道、続いて海辺の道に出ます。ここで左手に見えるのが夢舞大橋です。
▲シーサイドプロムナードから 夢舞大橋を望む
舞洲と夢洲をつなぐ橋で「夢舞大橋」と名づけられ ました。平成13年(2001)に世界初の浮体式旋回 可動橋として完成しました。通常時は橋の下を小 型船舶しか航行できませんが、咲洲・夢洲間の航 路が使えない緊急時には可動部を旋回させて、大 型船舶の航行も可能な構造となっています。 
 夢舞大橋に向かって舞洲ベースボールスタジアムの駐車場裏から舞洲緑地まで、板葺きのデッキ が続きます。波打ち際まで近づけば、大阪湾がとても身近に感じられます。しかし板葺きの板は朽ち果てて所々穴が開きクギが出て通行するには危険を伴います。
▲海辺の道からグリーンスペースへと入っていきます
大型遊具のある芝生でピクニック感覚で利用できます。近隣には、宿泊や会議等の出来る多目的ホールを併設したロッジ舞洲や、カントリー気分が満喫できるアメリカ・カナダ・スウェーデンから直輸入のログハウスもあります。手軽にアウトドアライフを楽しみたい方にはキャ ンプ場もあり、大阪市の中でも緑溢れる場所になっています。 
▲舞洲陶芸館
大阪湾内に流入する花崗岩の風化鉱物や、粘土鉱物が含まれた海底粘土に手を加えて、陶土として利用しています。平成6年(1994)に初めて試作品が完成し、大阪ならではの新しいやきものとして「難波津焼」と呼ばれています。舞洲陶芸館では、手軽に陶芸体験が出来る1日体験教室や、中上級者向けの陶芸教室のプログラムなども用意されています。大阪市内で唯一の本格的な登り窯と穴窯のほか、電気窯やガス窯も揃っています。  
▲新夕陽ヶ丘
日本夕陽百景にも選定された舞洲屈指の絶景 スポットです。高さ25メートルの頂上展望台から大阪湾を見渡す景色はすばらしく、晴れた日には、神戸や明石の市街地、淡路島や明石海峡大橋などを眺める事が出来ます。また夕 陽が海一面を赤く照らす様は、まさに『万葉集』などに歌われている、難波の枕詞「おしてるや」の光景そのものです。施設の掲示板に、冬至(12月22日頃)、夏至(6月22日頃)の季節 に、夕陽が傾く道を示した「冬至の道」と「夏至 の道」があります。 
※ 「ただ-こえ」 【直越え】名詞 まっすぐに越えて行くこと。 大和から難波潟(大阪湾)へまっすぐ草香山を超えていく道。
※ 草香山は大阪府東大阪市東部、生駒いこま山の西側一帯をいう。昔、大和と河内とを結ぶ、直越(ただこえ)の道が通じていた。
※ 難波にかかる枕詞「おしてるや(いちめん光を照り返す)」は、難波の海の実景を表したものと見ている。
※ 「直越のこの道」は「日下(くさか)の直越」。平城京と難波をほぼ直線状に結ぶ大道。
※ 万葉集の地名事典などには、「難波の海」を大阪湾としているものが多いが、ここを山越えする旅人の眼下に大きく広がるのは、大阪湾よりもまず草香江だった。
※ 老麻呂のよんだ難波潟・難波の海がいずれも草香江を指していることは明らかです。

※ 神社老麻呂 (かみこそのおゆまろ) 生没年未詳。伝未詳。 天平五年(733)に詠んだ歌二首が万葉集に載る。
▲ロッジ舞洲 ▲市バス停留所
今回のゴールは新夕陽ヶ丘です。ポッチーも階段を上り切りました。丘の上から見る夕日までは待ちきれませんでした。舞洲陶芸館でソフトクリームを食べてバスで西九条駅へ。注意が必要なのは「舞洲スポーツセンター」行きバスは便数が少ないです。
  
 
 文:美智子姫