赤木i越え 大日越え   川の参詣道
 01:京都~天満  01-2:八幡~天満  02:天満~浅香山  03:浅香山~久米田  04:久米田~和泉鳥取  05:和泉鳥取布施屋
 06:布施屋~海南  07:海南~紀伊宮原   8: 紀伊宮原~湯浅  09:湯浅~御坊   10:御坊~印南  11:印南~芳養 
 12:芳養~稲葉根  13:稲葉根~滝尻  14:滝尻~継桜  15:継桜~熊野本宮  16:大門坂  17:かけぬけ道
 18:大雲取越え  19:小雲取越え  20:那智~那智山  21:速玉大社~那智  22:長尾坂・潮見峠  23:赤木越え
 24:大日越え  25:川の参詣道     姫のリベンジ     ウッチーの補行     那智勝浦散策  感想 & 編集後記
湯の峰温泉・つぼ湯13:15⇒湯峯王子13:20⇒鼻欠地蔵14:05⇒月見ケ丘神社14:20⇒大日越登り口14:50⇒
熊野本宮大社(午後の部ゴール)15:10⇒15:20発のバスで勝浦温泉・越の湯へ
午後の出発はつぼ湯の裏側から始まります。ザックを背負っていざ出発というところに突然の大雨。思わずつぼ湯の待合東屋に逃げ込んで雨宿りです。雨は5分ほどで止みましたので本宮に向けて歩行再開。わずかな時間で湯の峰王子に到着です。スタンプ帳に押印を済ませました。湯峰王子の倒れた鳥居が気になり戻ってから観光協会に問い合わせをしました。今年の5月に老朽化が原因で倒れたのだとか(どの資料見ても立派に立っています。2ケ月の間にそんなわけがあったのか!)王子社境内には、高浜虚子が詠んだ句碑がありました。
 只今 昼食中 湯峰王子下にある摩崖仏
昼の湯の峰温泉は閑散としています 以前来たときはお蕎麦屋さんや食堂が営業していたのですが今日はどこもやっていません。かろうじて小さなコンビニが営業していましたので、おにぎりとカップラーメンで空腹を満たします。それにアイスクリーム2個。これだけ食べればシャリバテはしないでしょう。
今朝のバスにカップラーメンを片手に乗ってきた外国からの観光客がいましたが何となく頷けます。
湯之峯王子
 熊野古道「大日越え(だいにちごえ)」の湯の峰温泉近くにある湯之峯王子(ゆのみねおうじ)。
もともとは湯の峰温泉の中心地、「湯の峰」の地名の元となった湯胸薬師(ゆのむねやくし)を祀る薬師堂(今の東光寺)に隣接してありましたが、明治36年(1903年)の火災で薬師堂とともに社殿が焼失し、現在この高台に遷座されました。
境内には、「峰の湯に 今日はあるなり 花盛り」 高浜虚子の句碑が残されていました。
湯の峰王子の鳥居は朽ちて倒れていました。費用が掛かることなので無理は言えませんが何とか早く修復していただきたいものです。
湯の峰王子から少し下がった広場から熊野古道は続いていました。標識に従い、急な山道を登って行きます
階段上りが多い大日越えです
杉木立の中の大日越え
大日越え3番標識 大日峠
大日峠の地蔵摩崖仏(通称鼻欠地蔵さま)
「大日峠の摩崖仏」と書いた場所が現れ、これが「鼻欠地蔵」です。
鼻欠地蔵は左甚五郎の伝説から来ているそうで、地元の人たちに親しまれています。 
 「鼻欠地蔵」
左甚五郎(ひだりじんごろう。江戸初期の彫刻師)が湯の峰に仕事に来ていたそうです。本宮に泊まり、大日越えをして湯の峰に通っていたそうです。弟子は甚五郎の弁当を持って大日峠を越え、弁当を甚五郎に届けていましたが、毎日、峠にあるお地蔵さまに弁当を一箸分供えて師匠の安全を祈っていました。 それを知らぬ甚五郎はいつも一箸分弁当が減っているのを、弟子が盗み食いしていると勘違いし、ある日、些細なことを理由にその弁当持ちの弟子の鼻をチョンナ(木材をはつる大工道具)で削いでしまいました。弟子は血まみれでその場を逃げ出しました。その日の夕方、仕事を終えた甚五郎は、やり過ぎたことを悔やみながら、峠にさしかかると、そこのお地蔵さまの鼻がまるでチョンナで削がれたように欠けており、血が流れていたといいます。鼻をそがれた男の身代わりに地蔵さんが自分の鼻を差し出した、という伝説が残っています。彫られているのは座像と立像の二体。苔の緑が、木の根道にしっとりと溶け込んで美しい。
此処を下れば月見ヶ丘神社です
セミの声が賑々しく聞こえるようになった頃「月見丘神社」に到着しました。
月見丘神社の片隅にある小さな祠は、暦を数える神を祀っているそうです。神社の周りを巨大な杉が囲みパワースポツトの様なので石段を利用して、しばし休憩を取りました。ここが最後の休憩です。
月見ヶ丘神社前の石段で一休み
 朝10時頃赤木越えで出会った外国の観光客が登ってきました。たぶん朝 湯の峰王子を出発して赤木越えから発心門王子に出て水吞、伏拝、祓戸と歩いて熊野本宮大社に詣り、大日越えをして湯の峰温泉に帰るのではないかと予想しました。時間的には十分可能です。
本宮の大日越え登山口に到着です…イエーイ!ついにやったぜぃ
熊野古道・中辺路の歩行ルートはこれで終わりです。 湯快リゾート越乃湯から見た西の空
月見ケ丘神社からの下りは石段が多く遠くに大斎原の大鳥居が見えてきました。ゴールも近いです。大斎原(おおゆのはら)は前回立ち寄りましたので今回は見るだけとなりました。『神が舞い降りたという大斎原、最近はパワースポットとして多くの人が訪れているそうです。熊野本宮大社はかつて、熊野川・音無川・岩田川の合流点にある大斎原と呼ばれる中洲にありました。当時、約1万1千坪の境内に5棟12社の社殿、楼門、神楽殿や能舞台など、現在の数倍の規模だったそうです。江戸時代まで中洲への橋がかけられる事はなく、参拝に訪れた人々は歩いて川を渡り、着物の裾を濡らしてから詣でるのがしきたりでした。音無川の冷たい水で最後の水垢離を行って身を清め、神域に訪れたのです。ところが1889年の8月に起こった大水害が本宮大社の社殿を呑み込み、社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座しました。かつて多くの人々の祈りを受け止めた大斎原には、流失した中四社・下四社をまつる石造の小祠が建てられています。

熊野本宮大社前に到着です。特急バスに乗ろうかタクシーに乗ろうか迷いました。タクシー会社に交渉している間に勝浦行のバスが到着しバス乗車に決定!それにしても1950円とは何と高いバス料金なのでしょうか。オドロキです。(♪♪田舎のバスはオンボロバスでデコボコ道をガタゴト走る~♪♪)

勝浦駅には午後5時頃に到着し、歩いて10分のところにある湯快リゾート越乃湯に到着です。フロント係が我々を覚えてくれていた様子に笑いました(だって今回で3度目だもんね・・余程気にいってると思われているかな?)
 【MEMO】
湯の峰温泉から発心門 バス料金510 円
本宮前から勝浦バス料金1950円
越の湯泊9430円(大阪までの帰りのバス代含む)
 (姫の感想)
午前中は赤木越え、午後は大日越え。距離は短かかったものの、かなりきつい峠越えでした。こまめに休憩を取りながら時折吹く風に救われて何とか乗り切りましたが暑さに参りました。宿泊した宿が荷物を預かってくれましたので楽ちん山行ができました。「また利用しようかな?」そう思うのは宿の小さな親切の積み重ねだと思っています。色々伝説の場所もあり楽しく歩けました。
 文:美智子姫  
 
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