小雲取越え 那智~那智山   熊野速玉大社~那智
 01:京都~天満  02:天満~浅香山  03:浅香山~久米田  04:久米田~和泉鳥取  05:和泉鳥取~布施屋  06:布施屋~海南
 07:海南~紀伊宮原   8: 紀伊宮原~湯浅  09:湯浅~御坊   10:御坊~印南  11:印南~芳養   12:芳養~稲葉根
 13:稲葉根~滝尻  14:滝尻~継桜  15:継桜~熊野本宮  16:大門坂  17:かけぬけ道  18:大雲取越え
 19:小雲取越え  20:那智~那智山  21:速玉大社~那智  22:長尾坂・潮見峠  23:赤木越え  24:大日越え
 25:川の参詣道     姫のリベンジ      ウッチーの補行     那智勝浦散策    みんなの感想      編集後記
那智駅14:30⇒浜の宮神社⇒補陀洛山寺14:36⇒曼荼羅の道⇒尼将軍供養塔15:40⇒柿の古木15:50⇒99番・市野々王子16:08⇒
大門坂入口「タクシーで移動」⇒那智山(青岸渡寺・那智大社)⇒那智の滝⇒ホテル
那智勝浦迄のバス代が1000円(期間限定)という特典を大いに利用して「2016世界遺産追加登録コース」を歩くために再び那智勝浦・越乃湯にやってまいりました。バスが遅れるだの何だのと文句は言うものの1000円の魅力に取り付かれてしまいました(苦笑)チェックインを済ませ那智駅からスタートします。第1日目は約8㎞と前回の大雲取越えのコースに比べると楽勝のはずです。
▲ポッチーの見送りをうけて…なんで一緒に行かへんねん
出発前の6月21日、西日本に停滞する梅雨前線の影響で、和歌山地方で局地的に1時間におよそ100ミリを超える猛烈な雨を観測しました。和歌山地方気象台は、大雨で「すさみ・串本・古座川・那智勝浦」には警報も発令され学校も休校となり、観測史上初の大雨となりました。「そんな中出かけるのか?」と言う声を聞きつつ集合場所の新大阪駅へいきました。メンバーの顔を見るなり「中止かどうか心配してたでしょ?」と聞くと「連絡がないから大丈夫だと思ってたよ」と明るい声。いつものメンバー勢ぞろいで予定通りの出発となりました。 
▲日本サッカーの始祖・中村覚之助氏の碑 今回はここから那智大滝を目指します
前回と全く同じ行程でホテル前に到着。「イの一番」にバスから飛び降りて鍵を貰い、待たせていた馴染みとなったクリスタルタクシーに飛び乗り、那智駅で下車。ここから午後2時30分と言う遅い時間のスタートとなりました。10分も歩くと補陀洛山寺があり、9世紀半ば過ぎから18世紀初頭まで、小さい船に閉じ篭もり30日分の油と食糧をたずさえて、南方海上にあると想像された補陀洛世界の観音浄土を目指すという補陀洛渡海(ふだらくとかい)の出発点。日本でいくつかある出帆基地のなかでも熊野那智の海岸は補陀洛渡海の最大の拠点でした。その海岸線にたたずむ補陀洛山寺は、補陀洛渡海の歴史を寂として守り続けている寺院です。
 ▼熊野三所大神社 (くまのさんしょおおみわしゃ)
▼補陀洛山寺
▲大辺地、中辺路、伊勢路の分岐点です
▲碑や、お地蔵様を訪ねながら那智大滝を目指します
補陀洛山寺を出て県道歩きをし尼将軍供養塔へ向かいます。道すがらには、平成23年の台風第12号の災害で亡くなった方の立派な慰霊碑が建てられていました。台風の日、観光協会に勤める娘と那智神社の神主さんは結納を交わすことになっていたそうです。しかし台風で若い娘は生命を落とし悲しみに打ちひしがれた神主さんはいつしかこの村から姿を消したそうです。そばを流れる那智川の悲しい出来事は慰霊碑を見るたびに村人たちの心に刻み込まれていることでしょう。
▲川関の庚申さん ▲川関のお地蔵様
▲曼荼羅の道を行きます
▲ この橋を渡って右に折れ 山道へと入っていきます
▲尼将軍供養塔
慰霊碑のあるあたりは昔、大地震で津波が起こり、津波が引いた後に、木々の枝に魚の首がひっかかっていたと言うことから「魚の首(うおのくび)」と呼ばれているところもありました。那智川に沿って歩いて行くとやがて県道から分かれて、静かな山道を歩く「曼荼羅の道」に入ります。やっと熊野古道らしい山道になってきました。途中の荷坂峠には尼将軍供養塔があります。尼将軍とは、源頼朝の妻、北條政子のことです。政子は、夫源頼朝の没後、尼となり、子、頼家(よりいえ)、実朝(さねとも)の後見として政治に関わっていました。しかし、その子たちが北條氏の策により次々と暗殺に遭い、その罪の苦しみから、二度の熊野三山詣でこの地に立ち寄った際、子の供養のためにこの供養塔を建立したといわれています。石に願い事を書いて納めれば叶うと言われています。
▲柿の古木
 尼将軍供養塔を10分程下ると「ふだらく霊園」の大きな看板を見ながら霊園の中を歩きました。痛々しいほど小さくなってしまった柿の古木があるはずだと探しますが、それらしき木が見当たらず、半ばあきらめかけたその時「あったぞぉ~」
この柿の古木は一時実をつけなくなっていましたが、2006年からは再び実をつけ始めました。こんな枯れそうな小さな木がと、木の生きる力のたくましさを実感させてくれます。今年も実をつけています。1972年に町の天然記念物に指定されたこの木は、幹の周囲2.9mの伊勢平柿という甘柿で、源頼朝の死後に植えられたと伝えられています。
また、このふだらく霊園には、源頼朝の妻で「尼将軍」と呼ばれた北條政子に仕え、その廟所(びょうしょ)を代々守った人々の墓があるそうです。
▲荷坂の五地蔵さま
▲薬師如来堂
市野々王子神社と郷倉
尼将軍供養塔から、旧道を少し登ると「99番市野々王子」がありました。市野々は神様の使いといわれる八咫烏の子孫が住むといわれています。往来する多くの参詣者を相手に「市」が立ったことが社名の由来であるとしていますが、室町時代から戦国時代の資料には「一野」。現在の「市野々」と呼ばれるようになったのは近世のことだそうです。 
庚申さん お杉社(おすぎやしろ)
 宝泉寺
市野々王子から歩いていると前日の大雨で被害に遭った家の人たちが荒れ果てた庭の手入れをしていました。「大変でしたね」と声を掛けるとその夜は避難命令が出て学校に避難をしていたそうです。排水溝には流れて辿り着いた落ち葉の山が残っていて道路が川の様になっていた様子がよくわかります。学校帰りの小学生が「コンニチワと声をかけてくれました。都会だと「知らない人に声を掛けてはダメ」と言われており声を掛け合うことはありませんが熊野古道界隈の子供たちは、どの子も挨拶をしてくれます。人と人の触れ合いも古道歩きの大事な思い出なのです。 
集落を抜けると前回平安衣装を身にまとった大門坂が見えてきました。石の鳥居をくぐり新宮藩の関所跡(十一文関)や多富気王子の前を通過し大門坂の石段、杉の巨木などは既に歩き終えているため、ここから文明の利器「タクシー」を呼び、ショートカットすることにしました。「待ってました」とばかりに5分ほどでタクシーがやってきて那智大社まで一気に走って貰い再び那智大社と青岸渡寺のお詣りを済ませました。
▲多富気王子跡 九十九王子最後の王子跡です
大門坂
  多富気王子神社 
熊野那智大社 宝篋印塔
 布袋さんと布袋姫  最後の階段を上がり「ホッ」  三重塔
那智大社でのスタンプ押印セットは社務所の中に仕舞われていたのですが、わざわざ出して下さり無事スタンプ押印ゲット!。しかし青岸渡寺は灯りがついていて人影もあるのですが声を掛けても出てきてはくれませんでした。午後4時30分を過ぎると参拝者がいても退出を促し扉をとじてしまうらしいです。(せっかく来たのにどうするの~!)

再びタクシーに乗り那智の滝見物です。時間は既に午後5時を過ぎており観光バス2台がいるものの土産屋も閉まり閑散としていました。うっそうとした階段を下りていくと何と迫力満点の那智の滝が・・・・!前日の大雨で那智の滝は驚くほどの水量で私達の立っているところまで水しぶきが飛んでくるほどでした。素晴らしいっ!何度も那智の滝を見ていますがこれほどに迫力のある那智の大滝は初めてです。まさに「大滝」です。

那智の滝は、「一の滝」とも呼ばれ日本三大名滝の一つです。落差133m、銚子口の幅13m、滝壺の深さは10mの落差日本一の名瀑で、熊野の山塊、その奥方より流れ落ちる姿は圧巻。銚子口の岩盤に切れ目があって、三筋に分かれて流れ落ちるところから、「三筋の滝」ともよばれています。

大満足の那智の滝見物で興奮冷めやらぬ帰りのタクシーの中で翌日利用する川舟センターから電話が入りました。国道168号線が崩落し通行止めのため川舟センターへ行く道が途絶え、舟下りは中止だとの連絡です。水量はもとに戻り舟の運行は出来るのだが道路が寸断されてしまったため止むを得ず運航中止との事です。天災だから誰にも文句を言えず予定の組み直しです。私達の話を聞いていたタクシーのドライバーさんから提案があり、翌日のスタート地点である神倉神社まで一人1000円でタクシー利用は如何?とのこと(商売上手いねぇ)すぐに商談はまとまり翌朝午前8時のお迎えを頼むことにしました。

ホテルへ帰り着いたのが午後6時前で温泉にゆったりと浸かり夕食をいただきました。前回の山行は濡れた合羽を乾かすのに忙しかったのですが今回はゆったりのんびりと温泉地に来た気分を満喫することができました。
 【MEMO】
 消費税、入湯税を加算すると2泊分で18,860円(帰りのバス代含む)
タクシー代金はホテルから神倉神社までと大門坂から青岸渡寺経由ホテルまでの合計が6600円(ひとり1320円と格安)
 (姫の感想)
和歌山地方は台風並みの豪雨で中止も止む得ないかと思いつつの出発でしたが何とか予定通りの1日目を終えることができました。雨上がりで温度は、さほど高くなかったものの湿度が無茶苦茶高く、蒸し暑さを感じながらの山行でした。豪雨の置き土産で那智の滝の迫力は想像を絶するものでした。この日の行程は8㎞と距離的にも楽で、大雲取越えの大変さを思うと、どんなコースでも楽しいと思えるから不思議です。山中の茶屋跡の石垣や石畳を見るにつけ道具の無い時代にこれほどの立派な遺跡を残して昔の人は偉かったんだなぁと、つくづく感心させられました。熊野古道は奥が深いです。
 文:美智子姫  
 
 
小雲取越え 那智~那智山   熊野速玉大社~那智

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